第220話 私と友達、どっちが大切なの?
「どうしたの? 浮かない顔をして……?」
「いや、別に……。何でもない。」
リンはいつも通り優しく出迎えてくれた。そりゃいつもよりテンションが低いのは丸わかりだろうな。それに、あの馬鹿に殴られた跡も残っている。おかしいところがありすぎて、普通だと思う方が無理かもな。
「もしかして、実習の疲れが残ってるんじゃないの? しっかり休養は取らないと。」
「そうそう休んでいるわけにもいかないんだ。ダンジョンの実習はトラブルもあったから不完全だっただろ? 追加の実習が決定したんだ。」
「早いわね。もう決定したの? まだ戻ってきてからそれほど経ってないのに?」
ほら、やっぱりだ。彼女はこの件については何も知らないんだ。知らないフリをして、俺の前では優しく振る舞っている、だなんてありえない。この人はそんな人じゃない。
「追加実習の舞台は、あの悪名名高いデス・マジーン島だ。イカれてるだろ? これじゃ、死ねって言われてるようなもんだ。」
「フフ、珍しく怖じ気付いちゃってる? 無理もないか。一度入ったら、戻って来れないって有名なところだものね?」
ホント、色々見透かされてんな。俺がビビっているのも、手に取るようにわかるってわけか。敵わないなあ。いくら虚勢を張って、おどけて見せてもバレちまうな。
「君なら戻ってこれるよ。君は強いからね。」
「何だよそれ? 俺だけが戻ってこれるみたいな言い方して……。」
「そうだよ。みんな生き残ろうとすれば、確率は下がってしまうんだよ? 人数が減れば、君だけが生き残る事を考えれば確率は上がると思わない?」
「お前、何を言って……?」
俺の事を大切に思ってくれているのはわかる。生き残る人数が減れば、俺が生き残る可能性が増える? まるで他のヤツらを犠牲に……?
「君は自分が死んだらどうなるかって考えたことある?」
「考えたことは……ないな。死んだらそれっきりだし、生まれ変わりとかスピリチュアルな事とか、宗教的な事は信じ切っちゃいないぜ。」
「違うよ、私が言いたいのはそういう事じゃない。それは自分自身の事でしょ? 死んだら周りの人にどういう影響を与えるか、と言いたいの。」
ああ確かに勘違いしていた。俺は自分の事しか考えてなかったな。最低だ。彼女が言いたいのは、俺が死んだら彼女はどうなるのかって事だな。無責任に死ぬわけにはいかないよな。大切な人を悲しませるわけにはいかないな。
「確かに俺が間違ってたよ。ゴメン。でもな、仲間を裏切るわけにはいかない。」
「仲間? 本当に仲間かしら? ほとんど最近知り合ったような人達ばかりじゃない。そんな人達の事を信じられるの?」
「アイツらは悪いヤツじゃないさ。だって、馬鹿ばっかなんだぜ? 魔術の知識もニワカで、知り合いの付き合いで編入してきた様な人間なんだ。」
「だから、私よりもそんな人達の事を信用できるの?」
「コレはそういう問題じゃないだろ。お前も信じるし、アイツらも信用する。それじゃダメか?」
「私の事は信じないの? 私の事はどうでも良いの?」
「違う。そうじゃない。」
「どう違うの? 私の事を疑ってるんじゃないの? 反逆ゴーレム達の手先の言う事を信じるの?」
「それは……、」
「あなたは騙されてる。私が学長の手先だなんて吹き込まれたんでしょう? たいした証拠もないのに信用できるんだ?」
「違う。騙されてない! 馬鹿なヤツらがそんな高等な事出来るはずないじゃないか!」
「じゃあ、私を疑うんだ?」
「違う!!」
思わず、声を荒げてしまった。冷静にならなくては。彼女の前でみっともないマネをしてしまった。恥ずかしいもんだ。
「じゃあ、俺はどうすればいい? お前に嫌な思いをさせないようにするにはどうしたらいいんだ?」
「単純な事よ。特定の人物を殺せば良いのよ。」
「誰を……?」
その答えはある程度わかっていた。俺だってアイツを殺したいと思ったことはある。あくまで本当にそうしたいとは思わない。気に食わない、ムカツク、腹が立つ、思いつく感情を挙げだしたらキリがない。とはいえそこまで…したいと思ったことはない。
「勇者を名乗っているあの人よ。あの人が私達の不幸の元凶。味方のフリをして、私達の関係を壊そうとしている。」
「……。」
「殺しなさい。そうすれば、学長も認めてくれる。学院の秩序を壊す者を排除すれば、あなたの安全は保証される。当然、私もそれで安心が出来る。あなたとずっと一緒にいれるもの。」
「そう……だな。」
俺は何を迷っていたんだ。何故、彼女の事を疑ったりした? でも、もう迷う事はない。彼女を信じればいいじゃないか。
しかし、疲れたな。彼女が言うように疲労が残ってるのかもしれない。疲れのせいでヘンなものが見えてしまった。彼女の目が一瞬、蛇みてえな目に見えてしまった。相当疲れてるんだな。今日は早く休むとしよう……。




