第182話 エルは今ダンジョンの中かぁ。
タニシ食堂初日の営業は終わり、俺たちは簡単な打ち上げと反省会をしていた。
「そういえば、上級クラスは今日からダンジョン実習だったな。」
しかも、タイミングの悪いことにタニシ食堂開店初日と被ってしまった。本人も楽しみにしていただけに非常に残念である。加えて、最大で五日間はダンジョンから出てこれない。
「そうでヤンしゅね。エルしゃんにもタニシ食堂の味を楽しんで欲しかったでヤンス。」
実はエルからも色々アイデアをもらっていたのだ。そもそもガツ森は主に男性向け、カロリー高めのジャンキーなメニューを提供している。それ故、女性客はあまり寄りつかない。
「“へるし~定食”とか“罪悪感ゼロ丼”、“プラス免罪符サラダ”は自慢の一品でヤンしたのに。健康志向メニューは今日は流石に注文数はゼロに近かったでヤンス。」
健康志向メニューシリーズはなんと肉を使用していない。代用品として我らが東洋の誇る食材“豆腐”を使用している。エルは豆腐を食べたことはなかったようだが、ヘルシーな食材が東洋に存在している事は知っていたらしい。もし、調達できるなら、ということで意見を取り入れた。
「うーむ、この国では知名度ほぼゼロの食材だからしょうがないのかもな。ぱっと見、謎の白い物体だからな。」
サラダでは生で、他はステーキにしてみたり、薄衣を付けて油で揚げてみたりしている。これはさすがに男子共のウケはイマイチだった。
「あっ、そういえば、健康メニューを頼んでたのはエルフの人だったでヤンス。しかも、男の人だったでヤンスねぇ。なんででヤンしょ?」
「……!?」
え? エルフが……? 以外だ! 食の細い人が多いエルフが、ガツ森に食べに来ていたとは。でもガツ森のレギュラーメニューではなく、健康志向メニューを食べていたのか。
「なんだ、お前ら、知らないのか? エルフ族は菜食主義者が多いんだぞ。近頃は肉食する奴もいるらしいが、そんな奴はレアな存在だぞ。」
トニヤが急に話に割り込んできた。俺らの商売には興味を持たなかったので一切関わっていなかった。なので当然打ち上げにも誘っていなかったのだ。何をしにきたんだろう?
それよりも、俺はコイツの言うレアな存在が身近にいるんだが? ファルの奴だ。アイツ思いっきり肉を食ってた。でも大体、肉食後は腹を下していた。体質的に肉を消化出来なのかも?
「お前ら気付いていないのか? この学院はエルフの人口が過半数なんだぞ? それを知らずに商売をするなんて、聞いて呆れるぜ。」
「痛いところを突いてくれたな。でも、エルフってことは大体、この学院で力を持ってる上位カースト連中ばっかりだろ? 俺らの商売相手はそもそもソイツらを想定してない。」
「でも、考えようによってはそっちも相手にした方が良いかもしれないヤンス!」
俺は乗り気にならなかったが、タニシは商売の鼻を効かせたようだ。健康志向メニューのメインターゲットを広げるということなのだろう。
「それよりもお前ら、ダンジョン実習はどうするつもりだ?」
「どうするって、普通に挑むつもりだが? 別に決闘じゃないから、過剰に準備をするつもりはないけど?」
「甘いな。ダンジョン実習はただのお遊びなんかじゃないぜ。弱者をふるい落とすための試験にもなっているのさ。最下級クラスは特にな。」
「何……!?」
実習の名目でふるいにかけられると? 隠しテストみたいなものか。実力無しと判断されれば切り捨てられる。学院の体質その物ともいえるので信憑性は高そうだ。
これも行方不明事件とも関連がありそうだな。この場はタニシや他の連中がいるので口には出せないが、ヤツもそれを匂わせているんだろう。
「誰と組むつもりだ?」
「俺か? 候補は何人もいるな。タニシ、ゲイリー、ジム、そしてお前だ。この中の誰かとだな。」
ジム・ワーロックとはこの前、俺に弟子入りしようとした少年だ。彼も俺と組むのを望んでいると思うし、候補に入れた。
「この中の誰か? おいおい、何か勘違いしてやいないか?」
「何が?」
エルから事前に情報をある程度聞いている。二人一組で実習に挑むことになると。でも、トニヤの口ぶりからすると、違うということか?
「クラスのランクによって人数は違っているのさ。下に行くほど人数は多く設定されている。上位クラスは二人もしくは一人、そして俺らは五人だ。」
「五人だと!?」
「そうだ。五人だ。丁度お前が候補に挙げた奴を全部加えれば五人だな。……組むぞ。異論はないな?」
人数が違っていたとはな。でもよかった。たまたま挙げた候補だけでメンバーは即決出来た。しかし、人数が違う意図がよくわからんな? 何か裏がありそうな気がする……。