第178話 一足お先に……?
「明日からダンジョンでの実習ね。緊張するわ。」
明日から上級クラスはダンジョンの実習に入る。普通に入学していれば、ある程度魔術の経験を積んでからの初めての実習ということになるのだそう。
「私も緊張します。とはいえ、お姉様からは、お言葉とは裏腹に余裕が感じられます。」
「そ、そうかな……?」
確かに緊張はしているのだけれど……? ローラ(※エルはローレッタのことをこう呼んでいます。)からしたら、違うように見えるみたい。どこでそう判断したんだろう?
「お姉様は数多くの困難を乗り越えられてきたと、旦那様から聞いております。それに比べれば実習はあくまで教習です。本物を経験しているのであれば、容易い事かと。」
「うう~ん……?」
ローラはラヴァン先生から私のことを色々聞いているみたい。どこまで知っているのかはわからないけれど、ラヴァン先生に会うまでの事は知らないはず。せいぜい、魔王と交戦したことくらい……かな?
「実はね、以前、ノウザンウェルのダンジョンに入ったことがあるの。昔、魔王が封印されていたという場所にね。」
「魔王ゴズ・バールですね。先々代の勇者様が打ち倒したといういわれのある場所でしたね。数あるダンジョンの中でも特段の曰く付きの場所に挑まれたのですね?」
予測した通り、ラヴァン先生からはこの件については聞いていないみたいね。知っているのは一般的に知られている情報ばかり。私の母が魔王退治に関わっていたことはまだ伏せておきたい。話すと私自身も辛くなるし、彼女に気を使わせたくないもの。
「あの場所は過去の出来事もあって、中層辺りからは封印されていたの。でも、冒険者の行方不明事件の調査で入ることになったの。」
「お姉様のお力を見込まれての事だったのでしょう。お姉様が事に及べば、万事は解決します。」
「そ、それは大げさだよ。あの頃の私はまだまだ自分の力を使いこなせていなかったし、足手纏いにしかなってなかった。」
あの時はまだ、ドラゴンズヘヴンから解放されたばかりで、見様見真似で憶えた死霊術や簡単な闇属性魔術しか使えなかった。みんなの援護をする程度でしか貢献出来ていなかったと思う。
「途中で行方不明事件に関わっていた一団に出くわして、交戦することになった。その戦いの中で罠にかかって、ダンジョンの奥深くに転送されてしまうトラブルが起きたの。」
「そんな危険に見舞われたのですか!」
賊の一団は大して強い人達ではなかったけれど、追い詰められて転送罠を悪用してきた。私とメイちゃんはヒドい目に合ったけれど、後から聞いた話では、一団の企みが発覚する切っ掛けになったのだそう。
「私はロアのお姉さんに助けられて、危機を脱する事が出来たの。その後、魔王軍の残党と戦った事が切っ掛けで、この武器を手に入れたの。」
魔王の遺産“黒牛の尖角”。今はリュクルゴスという名を与えているけれど、レンファ先生とこの武器との出会いが私の人生を大きく変える事になった。
「これが……そうよ。名前はリュクルゴス。魔力を刃に変えて使うことが出来るの。実習にも持っていくつもり。」
「これは……珍しい武器ですね。魔術武器の一種ですね。」
その時、ローラの目が怪しく輝いたような気がした。気のせい……? 一瞬だけれど、いつもとは違う気配を感じた。何かしたのかな?
《……主よ?》
私が訝しんでいると、リュクルゴスが意思の疎通を図ってきた。普段は意思表示のしない彼が珍しい……。
《珍しいわね? 急にどうしたの?》
《この娘の事で少し気になったことがある。今わずかに何らかの魔導器の気配を感じた。》
《それは……どういうこと?》
《わからぬ。正確にはわからぬが……我と同じ気配を感じたのだ。》
《あなたと同じ気配? 彼女が同じ様な魔術武器を持っているということ?》
《そうかもしれぬが……。》
リュクルゴスは何か違和感を感じたみたい。とはいえローラに限って、何か企んでいることはあり得ないだろうし……。多分、似たような武器を持っているから、私に共感を覚えたのかもしれない。多分……。