第150話 “1” ≠ “0”!!
「魔術というものは要約すれば、文字列なのです。つまりは文章によって構築されているのです。」
「は、はあ……!?」
急に決まった決闘。それを切り抜ける方法、“魔法に対抗する秘策”を授けてもらうため、一夜漬けという形で勉強会が開かれることになったのだ。とはいえ、魔法の知識に疎い俺には理解が難しい話ばっかりなので…困った。トレ坊先生の話を聞いてると眠たくなってくるし……。
「例えば、炎属性の初級魔術セッティング・ファイア。これは『火をおこす』という文字列で構成されていると考えることが出来ます。」
「う……うん?」
「魔術を魔道書で勉強するのは、その文字列の意味を補強する為でもあるの。『火を素早くおこす』とか『激しい火をおこす』みたいな感じで。もっと理解を深めれば『火』と念じただけで魔術を発動させることも出来るのよ。」
講義を受けているのは俺だけではない。エルも一緒にいる。トレ坊先生の講義に参加できるということで、是非とばかりにしゃしゃり出てきたのだ。とはいえ、現状はトレ坊先生の話を易しくかみ砕いて俺に説明するという役割をする羽目になっている。俺の理解力が低いばっかりに、通訳みたいなことをしているのだ。それでも難しいことには変わりないんだけどな……。
「その文字列に魔力を使って具現化し、効果を出力する。文字列の意味を魔力で表現するとも言い換えることが出来ます。」
「表現……具現……わからんげん!?」
「大丈夫? なんだか混乱してない?」
「混乱……錯乱……ワカランちん!?」
「その三段活用みたいなのは何?」
わかりません。全然わかりません! 何が何やら、ドゲゲスデンですよ。文字に魔力をかけたら、何故魔法が出るんだろう? 何か良くわからない理論だ。
「魔術というのは魔力の絶対量と集中力が効果の大きさ、発動の速さ、正確さに影響します。単純に魔力が多ければ、その分一度に具現化出来る文字列の量が増えるのです。集中力でその密度、速さを補うことは出来ます。例えば声を出すときに大きければ遠くまで伝わりやすいですし、聞こえやすいですよね? 早口でしゃべれば早く伝える事も出来るでしょう。」
「ええ!? でも、早口だと途中で噛んだりしやすくなるんでは?」
「う~ん。確かにそうだけれど、先生はそういう事を言いたいのではなくて……。」
声を出すのと同じなら、言い間違いとか噛んだりすると、言おうとしている事が正確には伝わらないだろ? 場合によっては周囲を爆笑の渦に……なんてこともありえるはずでは?
「うん。確かに話の本筋とは外れてしまいますが、良い質問、良い着眼点ですね。これは“秘策”にも関係してきます。」
「ええ!? 俺、適当にウケ狙いのつもりで言っただけなんスけど?」
「ウケ狙い……!?」
エルは呆れている。だって、しょうがないじゃない。難しい話ばっかりしてたら、眠くなるし? そこに笑いを持ってこようとした結果……先生からはまさかの「それ正解」判定。ただのギャグを真面目に受け取られたような感じだ。
「魔術が文字列である以上、正確に構成を編まなければなりません。一字間違えたり、飛ばしてしまうと失敗、または違う効果になる可能性があるのです。それを防ぐために構成を単純化、短縮したりするテクニックがあります。優れた魔術師はその技術に長けているのです。」
なるほど、やっぱ噛んだりすると魔法自体が失敗することもあるのか。俺にはやっぱ魔法は向いてなさそう。しょっちゅう噛んだり、言い間違えたりするし。
「ちなみに魔術師が持っている魔術の杖。あれはある意味、カンニングペーパーの様な役割をしているんです。あらかじめスペルを杖にこめておくんですよ。ですから、発動も早く、正確になる、だから大勢の魔術師の必需品なのです。杖の代わりに魔道書を持ち歩いてる人もいますが同じ様なものです。」
うーん。俺としては信じがたい話に聞こえる。俺の知っている魔術師は大抵、杖を持っていない。まあ、それだけバケモノ級の天才ばかりってことか。本当にバケモノなのもちらほらいるし……。サヨちゃんとか特に。
「で、この話が“秘策”とやらとどういう関係があるんスか?」
「今の、言い間違いの話が関係してきます。例えば、声を出すときに、周囲の音が大きかったり、話に大声で割り込んだりしたとします。こんなことが起きれば、伝えたかった事は伝わりませんよね? 防御魔術や反射魔術の原理は割とこれに近い物があります。」
「へ? でも、それだと俺も魔法を使わないと防げない……秘策は成立しないってことなんじゃないですか?」
「普通の魔術なら、ね。ですが、秘策はそこまで複雑な事をしなくても成立します。最小限の魔力……“1”だからこそ成立できる技があるのです。」
「……!?」
先生の話は難しい。理解が追いつかない。たったの“1”で出来る事とは一体……?