第142話 そういうご趣味なんですか?
「ふう……。知っている人に会えないのはつらいなぁ……。」
一つ目の授業が終わり、休憩時間になった。せっかくみんなと一緒に学院に入学出来たのは良かったけれど、蓋を開けてみれば、孤独な学院生活が始まっただけだった。素質の違いでクラスが振り分けられるということで、自分だけ魔力が突出していたためにこんなことになった。魔術に関して未熟なのはみんなと大差ないのに……。
「多少の辛抱はしないと……。願ってもみなかった学院への入学が叶ったんだから……。」
本来、魔術師の家系に生まれたなら、十五、六の頃に魔術学院へ入学するのが常識になっている。私は……その大切な時期に“あの事件”が起きてしまったので、入学の機会を逃してしまった。紆余曲折を経て、この歳になってようやく夢が叶った。特にこれはロアのおかげなのは間違いないと思う。彼に助けてもらえなければ、今頃、自分はどうなっていたかわからない。
「こんな所にいたのか?」
今までのこと、これからのことを考えて、物思いに耽っていると、ラヴァン…先生が声をかけてきた。そう、彼は先生。ここでは教鞭を執っているので、先生と呼ばないといけない。彼はそんな呼び方はしなくていいと言ったけれど、そういうわけにはいかない。知人とはいえけじめは必要だと思うし。
「はは……。お友達が一人もいませんし、私は昔から人見知りしてしまう癖があるので……。それに他の方よりも年増なので……。」
入学の機会を一度逃してしまった事もあり、周りの人達よりも私は少し年増になってしまっている。ほとんどがミヤコちゃんやグランツァ君くらいの年齢だ。そういうこともあり余計に肩身が狭くなってしまっている。ちょっとそれがつらいので、みんなとの交流を避けてしまっている。
「やれやれ……。そんなことを気にしているのか。他の者と交流しなければ、息が詰まってしまうぞ。勉学も捗らないぞ。」
「うう……。」
彼の言うことは理屈ではわかっていても、なかなか行動に移せない。私の悪い癖だ……。……と少しネガティブな感じになって落ち込んでいたけれど、ふと気付いたことがある。ラヴァン先生の後ろに一人の女の子が控えている。その娘はメイドの格好をしている。先生の家の使用人なのかな?
「あの、そちらの方は?」
「うん? 彼女のことか? 私が君の所まで来たのは、彼女を紹介するためだ。使用人の格好をしてはいるが、君と同じここの学生だ。名前はローレッタ・アンブラだ。」
「初めまして、ローレッタさん。よろしくね。」
「はい。エレオノーラ様。今後ともよろしくお願い致します。」
エ、エレオノーラ様!? 様付けで呼ばれると照れちゃうよ。この娘なりの礼儀なんでしょうけど、ちょっとその呼び方は止めてもらおう。
「様、なんて付けなくていいよ。お友達なんだから、エルでいいよ。」
「で、でも……。旦那様のご友人様に対してそのような呼び方をするわけには参りません。」
ラヴァン先生のことを旦那様って呼んでる。やっぱり、彼の使用人なのは間違いなさそう。
「ローレッタ……。彼女がそう言ってるんだ。気にすることはない。君たちは学友なのだからな。それに学院では私のことは先生と呼べと言ったはずだが?」
「失礼しました! 申し訳ありません!」
ローレッタさんはいそいそと深くお辞儀をして先生に謝っている。それを見て先生は肩をすくめている。
「そこまでかしこまる必要もない。今はあくまで私と君は先生と生徒だ。主従関係はここでは関係ないのだぞ。」
先生はそう言ってるけれど、ローレッタさんは深々とお辞儀を繰り返している。相当真面目な娘なんだと思う。先生が何を言っても使用人としての態度は崩さなそうな気がする。
「そもそもローレッタさんはどういった経緯でこの学院に?」
「彼女は元々名家の出身で、何代か前に没落してしまったのだ。それ故、使用人の身分に身を窶しているのだ。優秀な魔術の適正を持っていたので、私の権限で学院に入学させたのだ。使用人で終わらせるには惜しい人材だったのだよ。」
「なるほど……。」
不遇な立場の才能ある人を支援……。なんだか私と結婚しようとしたり、学院に入学させたりといった経緯が似ている。やっぱりこの人はそういう女の子を支援するのが趣味なのかもしれない。