第105話 秩序の壁《ヘブンズ・ウォール》の剣技
『諦めるな、Jr!』
喉元に迫る剣先を遮るものがあった。自らの追従剣が目の前に現れ、盾となっている。僕自身が操作したわけではないのに! とはいえ相手の突きの威力を殺しきれる訳ではなく、その衝撃に大きく後ろへ吹き飛ばされた。
「フン、勘のいい奴め! とっさに防ぎやがったか!」
あの瞬間、父上の声が頭の中に響いた。自分が無意識的に追従剣を操作して身を守ったのかもしれないけど、もし、そうでなかったとしたら? 父上が助けてくれた? そんなことがあり得るだろうか?
「しぶとい小僧だな。まだ、“秩序の壁”とか大仰な名前の連中の方が往生際は良かったぜ?俺らにとっていいヤツとは……手っ取り早く死んでくれるヤツの事だ。」
誉れ高い“秩序の壁”を侮辱するとは許せない。あまつさえ、彼らの剣技を悪用している。目の前の悪魔は二重に彼らの尊厳を踏みにじっている。同様に僕の父上にしたってそうだ。それどころか、ロッヒェン家その物を、と言っててもいいかもしれない。
「貴様がやろうとしていること、俺に勝つのはどういう事かわかっているのか? 貴様の父だけじゃない。俺たちが今まで倒してきた連中全てに勝とうなんて大それた事なんだ。それがわかっているのか?」
確かに大それた事かもしれない。僕みたいな若造がやるには十年も二十年も早いのかもしれない。でも、現実的には自分よりも強い相手と出くわす可能性なんていくらでもあると思う。本来なら避けるべき戦いなのだろう。でも、それだと強くなれない。僕は自分の可能性とお嬢さんが貸してくれた力を信じたからこそ、今この場にいる!
「どの道、幸運に助けられるのは、そう何度も起きやしない。まだ、こちらは技のストックなんていくらでもある。後、ほんの二,三通りの技を見せる頃には貴様の首は胴体から離れているだろうさ!」
ヴァボーサの攻撃が再開された。後、二,三回の攻撃でこちらを仕留める宣言もした上で。その攻撃を牽制するつもりで、僕自身も斜めに斬り払った。相手は俊敏に身を屈めつつ回避し、切り上げの攻撃を放ってきた。間一髪の所で追従剣を使って防ぎ、反撃のなぎ払いを見舞う。
「ヒョアッ!!」
奇声を発しながら、相手はすり抜けるかのように身軽に攻撃を躱した。つかみ所の無い動きで非常に厄介だった。
「この剣技は孤高たる猫! 野良猫みてえに身軽に動き回るぜ。この動きを捕らえられるかぁ!」
『どれだけ身軽に動こうとも、複数の刃から逃れるのは容易なことではない!』
父上の声が頭に響く。その言葉通り、僕には赤き十字の炎剣がある。追従剣を駆使すれば、向かうところに敵などいない!
「赫灼の雨!!」
剣に炎の魔術を纏わせ、剣を矢継ぎ早に繰り出す。ヴァボーサは相変わらず身軽に躱すが、それを逃すつもりはない。追従剣で避けた先に刃を向ける。
「ムウッ!? 厄介な武器だな相変わらずよぉ!」
ヴァボーサは赫灼の雨に耐えかねて悪態をついている。技が通用している証拠だ。僕は容赦なく攻撃を継続した。
「観念しろヴァボーサ! 捌きの炎剣をその身に受けて、今まで斬り捨ててきた英霊たちに懺悔しろ!」
この戦いはクルセイダーズの未来がかかっている。ここで僕が勝たなければ、今後も英霊達の技で暴虐の限りを尽くしてしまうだろう。それだけは絶対に阻止しなくてはいけない! 数々の連撃で怯んだ相手に止めの攻撃を繰り出す!
「雨の終焉!!」
赫灼の雨、最後の一撃が相手に向かう。追従剣を活用し左右から同時に必殺の一撃を見舞う。最後だというのに、相手の様子がやけに静かだった。
「もう終わり……だと思うなよ!」
相手は自らの追従剣を展開し、技を阻止した上で、回避を兼ねた攻撃を繰り出してきた。
「敗北など皆無!!」
(ザシュッッ!!)
大技をわざと誘ってからのカウンター! 僕は突然の反撃に反応しきれなかった。左肩を大きく斬られてしまった! 鋭い痛みに思わず顔をしかめる。
「惜しかったなあ! だが、まだまだ甘ちゃんだ。俺がおとなしく止めを刺されるとでも思ったか?」
チャンスが一転、窮地に追いやられてしまった。傷の影響で左腕に力を入れずらくなった。僕はこのまま負けてしまうのだろうか?