なんやかんやで、目玉焼き
深夜、わたしはキッチンに立つ。
風の音がうるさかったり、昼間の出来事がリフレインしたり、単に運動不足で眠れないとか。
小腹程度なのに耐え切れないほど主張してきたり、未来に不安を感じてしまったり…理由をつけようとすればいくらでもあるのだが。
要はなんとなく鬱屈して、モヤモヤしているのである。
小腹も空いてるし、気分転換といった所だ。
料理は好きな方なので。
ところが結局は深夜。
年齢的にそろそろ高カロリーなものは控えたい…こんな時間に手の込んだものは作りたくない。
そもそも料理が好きと言っても、普段は深夜に料理は絶対したくない、のだが。
今日に限って、妙にやる気が漲っていた。
大した理由が無いのにもかかわらず。
早速冷蔵庫を覗いて、悩むほど無い食材をしばし見つめる。
そのやる気と、腹が求める具合と、味の妥協点を探し…わたしが取り出したのは、生卵だった。
栄養があるらしいし、カロリーもまぁまぁ。
しかも今日のわたしはやる気が無駄にあるので、ストイックに生卵のみや、卵かけご飯などにはしない。
かと言って卵焼きやオムレツにもしない。
ゆでたまごやスクランブルエッグは…食べたい気分ではない。
そう、目玉焼きだ。
卵を見た瞬間、わたしは目玉焼きを作り、食べたい気分になったのだ。
ご飯やパンも無い、素の、そのままの目玉焼き。
更に言えばレンジではなく、ちゃんと火で焼く方である。
レンジはいくら穴を開けようと気を抜くと爆発しかねないし、少々苦手だ。
失敗した場合のレンジ掃除だって、取りづらいし嫌な気持ちになる。
更にこびりついた時も中々取れない。
時短になって普段は重宝しているのだが、そういうわけで今日はやめておく。
…そんな下らないことを考えながら、フライパンと生卵、油、ティッシュ一枚を、ガスレンジ近くまで持っていった。
換気扇をつけ、フライパンを火にかけて暫し。
少量の油を垂らして、全体に行き渡らせる。
『優しくゆっくり落とすと黄身の部分がふっくらする』
昔テレビで見たそんなコツを思い出しながら、そっと卵を割り入れた。
途端にじゅわっ…パチパチッと音を立てる卵。
料理の醍醐味は音にもあるなぁなんて、ぼんやり考える。
卵白を出来るだけ切るようにしながら、ティッシュで殻を包んだ。
ついでに隅で手を拭いながら、三角コーナーに放り込む。
それから卵が焼けていくのを見つめ…わたしは半熟か完熟か、今更悩んでいた。
火の通り具合には好き嫌いがあるが、わたしは味のみならば、ゆでたまご・目玉焼きに関わらずどちらも好きだ。
ただ皿が汚れたり、とろけ出した黄身の扱いに困るので、割と完熟寄りを選んでしまう。
その点では両面焼きが食べやすいけれど、あの目玉…白と黄色のコントラストが食欲をそそるので、案外選ばないのだった。
ゴーッと耳障りな換気扇の音と、パチパチと、着実に焼ける目玉焼きの音を聞きながら数秒悩んで…急になんだか、どうでも良くなってしまった。
…そう、悲しいことに、作る前までのやる気は…既に半減していた。
よく考えたら目玉焼きが出来る代わりに、箸、フライパン、フライ返し、皿という洗い物が待っているのだ。
なんと恐ろしいことだろう。
分かっていたくせに、気力の違いで面倒さが一気に変わってくる。
そうとなれば、最早さっさと作り終えたいとしか思えなくなってしまったのだ。
半熟で決まりである。
おもむろに卵白部分に箸を突っ込み、ぐるぐると回して早く火が通るようにかき混ぜる。
じゅわじゅわと、焼けた部分と生の部分が入れ替わり焼けてゆく。
周りだけ固まっていれば崩れることはない。
黄身がかなりの半熟になるが、目玉焼きは目玉焼きだ。
そうして出来た若干柔い目玉焼きを、フライ返しを滑り込ませて皿に乗せて…ノリで作っただけの、深夜の目玉焼きは完成したのだった。
マグカップにお茶を注ぎ、皿と共にテーブルへ。
目玉焼きからは、熱をまとった湯気と、油の匂いに混ざってほんのりした卵の匂い。
醤油を垂らせば、その香りは途端に小腹を刺激する。
「いただきます」
まずは白身…と、少しでこぼこしている不恰好の白身を割って、口に運ぶ。
白身部分は淡白だが、端や裏の、油で焦げた部分が香ばしい。
まだ新しいフライパンだから無くても焼けたけれど.やはり油をちゃんと使って焼いた方が美味しいものだ。
白身を半分ほど食べ、わたしは半熟の黄身に手を伸ばす。
やはり皿を汚したくないので、黄身だけ切り取って、こぼさないよう一息に口へ入れるのだ。
そうすれば口いっぱいに、黄身の濃厚な味が広がってゆく。
醤油と混ざって旨み、深みがたまらない。
目玉焼きなんて見慣れた食べ物だが、改めて噛み締めると、なんだかとてもおいしい。
普段朝食べるものを深夜に食べているというのも、なんだか印象が違うのかもしれなかった。
黄身を堪能したあと、口直しに白身をまた食べ…あっという間に目玉焼きは、わたしの胃に収まる。
ふぅ、とお茶を飲み干しながら、目玉焼きとお茶による、じんわりと体が温まる幸福感に浸った。
しばらくして伸びをしながら、フライパンなどの洗い物の面倒さに思いを馳せ…まぁ良いかと、思い切って立ち上がる。
やる気は無い、無いが…作る前までのなんとなく鬱屈した気分は、薄まっていた。
明日は何をしようとか、楽しい気分や、一気に軽い気分になったわけでは無い。
それでも深夜の目玉焼き作りは、しっかりと気分転換になっていたのだった。