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スウィートカース(Ⅷ):魔法少女・江藤詩鶴の死点必殺  作者: 湯上 日澄(ゆがみ ひずみ)
第一話「揺篭」
4/23

「揺篭」(4)

 伝説に名高い〝仙人〟めいた人生を、中嶋豊和なかじまとよかずは漫然と送っていた。


 胸を張って誇れるほどに、トヨカズは典型的な社会的弱者だ。中学生の途中あたりからささいなイジメが原因で我が家に引きこもり、四十代も中盤のいままで定職についたこともないため当然に収入はない。


 趣味は深夜から朝方にかけ、自慢の愛機パソコンにかぶりついて大音量でオンラインゲームを楽しむことである。ひそかに息子が保護者の財布からクレジットカードをくすねて高額な機器を買い込んでいる事実は、恐怖のあまり黙認されて久しい。


 隣近所に迷惑がられて両親が電源やネット回線を止めでもしたら、トヨカズはそれはもう発情期のヒグマみたいに暴れ狂った。ゴミ溜めそのものの自室で壁や床を気が触れたように殴る蹴るして穴だらけにし、かんだかい奇声で延々と意味不明な悪罵を怒鳴り散らすのだ。それでも状況が改善されなければ、狂人の暴力はいよいよ家庭内にまで及ぶ。飛び交う食器の大きな破砕音等で、なんど警察に通報されたことか。


 もちろんトヨカズにはネット上を除いた友人はおろか、現実世界には彼女すらいたこともない。だれも寄りつくはずはなかった。サボり癖が達人のレベルにまで昇華し、ろくに運動も入浴もしないせいで体臭もそうとうにキツい。その事実を認めないのは、とうに嗅覚が麻痺した本人だけだ。不衛生や加齢の影響でその頭髪は病的に禿げ散らかし、大人気ネトゲ〝セレファイス3〟のしすぎで視力や聴力をふくめた健康も年々衰えてきている。


 中学校の時代から肉体の一部と化した瓶底のようなメガネは、おっくうなので一向に買い替えない。栄養のかたよりで身長は一般成人よりかなり低いままなので、衣服も昔に親に買ってもらったダサい年代物をまだ着ている。体型は前と横にだけだいぶ弛んで広がったが、服も同時に傷んで伸びたから奇跡的にジャストフィットした。


 だるい。疲れた。眠い。不幸だ。ただひたすらに、なにもかもが面倒くさい。


 そんなトヨカズにある日、天恵をさずけたのは何者だったろう。


「びヒぃ! た、助けて! なななんでもするから!」


「なら、死ね……呪力!」


 トヨカズがそう唱えるや、逃げようとした生き残りを変化が襲った。


 空気でも充填されたように、標的の体は内側からふくらむ。やがて内圧と膨張に耐えかね、あわれな最後の被害者は爆裂四散した。また新たに壁を赤く染めたのは、不自然にぶちまけられた普段は見えない内容物だ。


 路地裏の地下、場末のキャバレークラブ……


 店内は驚くほどに血まみれだった。壁が、カウンターが、天井が、酒瓶の並んだ棚までもが黒血に汚れている。生きているのはもはや、一般人にはありえないはずの呪力を顕現したトヨカズの他にはいない。


「はあ、はあ……すっきりした」


 トヨカズは荒く肩で息をついていた。信じられない超常の能力を連発した影響か、奇妙な消耗に駆られて普段以上に体がしんどい。それでもトヨカズの心境は、生まれて初めての爽快感にどこまでも澄み渡っている。


 高倍率の受験に合格したときや、困難きわまる仕事をやり遂げたとき、また憧れの彼女が告白を承諾したとき等に、人はきっとこんな素晴らしい脳内麻薬の分泌に躍るに違いない。残念ながらそのいずれも、トヨカズは一度たりとも経験したことはなかったが。


 すべての試練に背を向けて自分の殻に閉じこもっていたことも忘れ、トヨカズは含み笑いをこぼした。含み笑いは明らかな笑声に変わり、しだいに野太い高笑いと化す。


「すごい! すごいぞ、この力! ありがとう、ダムナトス!」


 本来なんのとりえもないはずのトヨカズが、キャバクラを地獄に変えた張本人だった。


 その片腕で光沢を放つのは、奇妙な金属製の籠手ガントレットだ。その表面では、呪力で編まれた五芒星の印が点滅している。売人に教わった以上に呪力を乱発したため、五芒星の四つの頂点は消えてもはや一角しか残っていない。


 夜闇にまぎれてはっきり顔の見えない売人から、先日、トヨカズはいつものように拝借したクレジットカードを利用してこの武器を買った。人生に絶望しきるあまり、藁にもすがる必死さだったことは悪い記憶力でもよく覚えている。


 ダムナトスと名乗る不思議な闇市場の売人は、たしかにこう語った。


〝魔法少女になれるぞ〟


 とても合法とは思えない籠手ガントレットの商品名は〝シャード〟とか呼ばれている。


 そしてシャードは、ダムナトスが売り込んだとおりの奇跡を生じさせた。トヨカズが強く心に念じたのは恨み、憎しみ、呪いといった負の感情の数々だ。たったそれだけで、飛び出た呪力は敵視する相手を面白いように木っ端微塵にしていく。


 まさしく夢の道具ではないか。


 トヨカズはただ、このキャバクラにたむろするゴロツキに復讐したいだけだった。


 数日前のできごとだ。食料を買い足すため、トヨカズは野放しの豚のように太った百キロ超えの体をひきずって無理やり外出した。それもこれもあの年老いた愚図な両親が、トヨカズのもっとも好む菓子類を買い忘れたせいである。


 ひさびさに動かした足には痛みの電撃が連続し、ゆっくり歩いているはずなのに呼吸も苦しい。衣服の背中を飾るのは、ぐっしょり滲んだ脂汗と粉雪のような大量の頭垢ふけだ。


 不運なトヨカズは、たまたま道行くゴロツキの目に留まってしまった。ギャンブルに負けて憂さ晴らしの種を探していた彼らにとって、トヨカズほど格好の獲物はいない。その現象は弱肉強食の摂理とも例えられる。


 だれの目からも届かない裏路地に連れ込まれ、不思議に思うほどの暴力を振るわれた。


 蹴られ、殴られ、鼻血を噴くトヨカズには、ニコチン臭い痰まで吐きかけられる。まるでこれまでトヨカズ自身が、小さな世界で両親に働いてきた仕打ちをそっくり罰するかのように。顔や腕を問わず脂肪たっぷりの皮膚に押し当てられるのは、何本もの高温のタバコだ。


 着ていたものをぜんぶ脱がされては立たされ、面白半分に携帯電話で何枚も写真と動画を撮られた。醜い一部始終がネットの掲示板にモザイクもなしの実名つきで、多くの笑いマークといっしょに貼り付けられていることは簡単に検索できる。あの高度な情報網にひとたび流出した記録は、この世が滅びるまで決して消えることはない。トヨカズが負った心の傷と同じで。


 だが、いまのトヨカズの胸中はちがう。


 トヨカズがシャードの力を借りて放った魔法は、例のゴロツキ五名ばかりか店員まで瞬時に消し飛ばした。これまで溜め込んできた劣等感の反動で、トヨカズには血みどろの店内が黄金や虹色に見えて仕方ない。


 盛大にでた太っ腹をのけぞらせ、トヨカズは狂喜した。


「はは、はははは! これからは、俺の時代だ! 俺が主役だ! 主人公だ! はははははは!」


 じぶんは無敵の力を手に入れた。


 これまでの負け犬人生とは、もうおさらばだ。これから自分は、世間で活躍する。


 この力で強盗して大金持ちになるか?


 どこかの企業を揺すってもっと金を巻き上げるか?


 いやそれとも、呪力使いの自分を軍隊に売り込んで戦争で稼ぐか?


 いずれにせよ未来の展望は明るい。あんなことができる、こんなことができる……


 トヨカズの独り善がりをさえぎったのは、深海のように澄んだ声音だった。


「それくらいで止めといたほうが身のためよ、あなた」


「ひッ!?」


 そこだけ生来の気弱さは隠せず、トヨカズは振り返った。


 キャバクラの入口にたたずむのは、ひとりの女子高生だ。


 よく糊のきいた制服とスカートの魔力に増幅されてか、その容姿は怖いほど美しい。折れそうなぐらい華奢な体と、歳相応の若々しい起伏はとても整合性がとれている。入念に手入れされた毛髪は、血臭の中心部に置かれてもなお色褪せない。その生白く端正な目鼻立ちは、まるでたったいま星空から舞い降りてきたかのようだ。


 いったいどこの夢の国から迷い込んできたのか?


 どう考えても、この屠殺場には不釣り合いな美少女だった。


 美須賀みすか大付属の生徒がいれば、すぐさま気づいたろう。彼女こそは学園のアイドル、久灯瑠璃絵くとうるりえではないか。ちょっと前に、市の教育委員会も公認する制服特集の雑誌モデルに選ばれたのも納得がいく。


 そんな彼女が、なぜここに?


 キャバクラの入口と奥で、ルリエとトヨカズはそれぞれ睨みあう形になった。文字どおり美女と野獣の様相だ。


 トヨカズの片腕で輝く籠手ガントレットを一瞥し、ルリエは問うた。


欠片シャードね、それは」


「な、なぜそれを?」


「これでシャード事件を扱うのは七件めよ。あなたの呪力は残り一角……今度はぎりぎりで間に合ったようね。ねえ、あなた」


「な、なんだ?」


「あと一回でも呪力を使ったら、死ぬわよ」


 ルリエと手のシャードに順番に視線を移し、トヨカズは怪訝げに眉根をひそめた。


「変な脅しをするんじゃないよ。死ぬ、だって?」


「正しく言い直せば、もっとむごい」


 血の海に拒否反応ひとつ示さず、ルリエは険しい表情で続けた。


「つぎに呪力を使ったとたん、あなたは人じゃない化物になるわ」


「なにィ~?」


「呪力の素質を秘めた人間を、シャードは性別や年齢に関係なく思いどおりに魔法少女へ作り変える。でも、そんなうまい話ってあるかしら」


「?」


「本来なら魔法少女は、数多くの資格を満たし、所定の儀式を複雑に何段階も踏んで生まれる高度な戦闘兵器よ。そんな安い粗悪品で簡単になれる代物じゃないわ。しかもシャードの魔法の五芒星には、最初から意図されたように一角が足りてない。つまりすでに限界なの、あなたの呪力は」


「で、なにが言いたい?」


 救いを差し伸べるように、ルリエは片手をもたげた。


「そのシャードをこっちに渡して。本能のおもむくままに、がむしゃらに食って殺すだけの知性のない怪物になる前に。いざ人間でなくなってしまえば、専門の殺し屋の銃や剣があなたを狩るのは時間の問題よ。勝手に動く体と自我のかけらの狭間で、あなたはきっと深く後悔することになる」


「は! バカな!」


 かすれた笛の音を奏でる鼻息を乱し、トヨカズはあざ笑った。


「俺はこれが気に入ってるんだ。もうこれなしじゃ生きていけない」


「どうかお願いよ」


 トヨカズの眼光は、やおら劣情を強めた。


「渡したらお嬢ちゃん、どんな素敵なことをしてくれるんだい?」


「相談事なら聞くわ、なんでも、いくらでも。衝動的にシャードに頼るきっかけになった暗い過去でもいいし、個人的な悩みもオーケイ。できれば、シャードをどこで買ったのかも聞かせてもらえれば助かるわ」


「どうせ聞くだけ聞いて、警察にでもチクるつもりだろ?」


「違う。あたしは警察や組織ファイアじゃない。おとなしくシャードと情報をくれさえすれば、すぐに帰してあげる。なにも見なかったことにして、ね」


()()()()()!? ()()()!? いったい何様のつもりだ!?」


 ルリエの言葉尻を聞き捨てならず、いっきにトヨカズは逆上した。最強の力を得た人間は、即座に獣へと早変わりするのだ。


 またルリエの美貌には、トヨカズでなくとも男なら好意をそそられて必然だった。


「おとなしくするのは姐ちゃん、おまえのほうだ」


「おとなしくもなにも、あたしはなにもしてないわよ?」


「これから〝する〟んだよ。覚悟しな、めちゃくちゃに犯してやるからさ。じぶんで脱ぐか? それとも強引に制服と下着を破り捨てられたいかい? どっちでもウェルカムだから、さっさと選べ」


 最前からトヨカズの下半身は、固く火照って猛りっぱなしだった。冷静に考えてみれば魔法には、愛らしい異性を従順なペットに仕立て上げる力もあるのだ。


 肉に埋もれて細い瞳をらんらんと剥き、トヨカズは一歩前進した。


 あきらめたのか、すなおにルリエはお手上げしている。


「やっぱりそうきたか。見直さなきゃならないのかしらね、この姿も」


 刹那、トヨカズの片腕はシャードごとなにかに絡まっていた。


 正確には、ルリエの制服のすそから飛び出した謎の物体……ムチの柔軟性と錐の鋭さを備えた〝触手〟が、素早く距離をつめてトヨカズのシャードに巻きついたのだ。緑色の表皮に覆われた丈夫な触手には、おびただしい吸盤まで列を並べている。最新型の武器?


 いや、触手はたしかにルリエの肉体の一部だった。この女子高生、ただの人間ではない。


 さらには、この強い圧迫感も万力じみている。か弱い少女とは思えない腕力でトヨカズと綱引きしつつ、ルリエはささやいた。


「渡さないなら、むりやり取り上げるだけ……」


「ぐ、ぐうう!?」


〝使え、呪力を〟


 ひそかにトヨカズへ耳打ちしたのは、どこの誰だったろう?


 それを合図に、トヨカズは叫んだ。ピンチもあいまり、釣られてつい叫んでしまう。 


「呪力!」


「!」


 不可視の砲弾が直撃したかのごとく、ルリエは吹き飛んだ。階段の角にしたたかに頭を打ちつけ、そのまま床へ転がる。おぞましい色の鮮血をつれて壁にへばりついたのは、シャードの呪力を浴びて破裂したルリエの触手だ。


 四つん這いになって起きようとするルリエへ、トヨカズは意気揚々と歩み寄った。


「ほ、ほら見ろ。やっぱり俺の呪力は最強だ。絶対に俺には勝てないぜ」 


 苦しげに、ルリエは揺れる頭を振った。本来であれば他の被害者と同じく風船のように爆散しているはずが、脳震盪だけで済むとはトヨカズも驚きだ。


 ひざまずいたまま、ルリエは途切れ途切れの口調でうめいた。


「最後の、一角まで、使った……〝時間切れ(トラペゾヘドロン)〟よ。さっき聞こえたのは、だれの声?」


「それがどうしぎょ?」


 唐突に、トヨカズの舌使いは奇妙なもつれ方をした。


 亀裂の走る金属音は、トヨカズの腕の籠手ガントレットから響いたらしい。ひとすじ、ふたすじ。みるみるうちにひび割れたシャードは、やがて煌めく破片と化して床を叩いた。


 同時に、トヨカズを見舞ったのは強烈な悪寒の脈動だ。かと思えば、気の遠くなるような高熱が肥満体を駆け巡る。その場に両膝をつき、じぶんを抱いてトヨカズは感じた。


 おのれがなにか別のものに変わろうとしつつあるのを。手足の指の間にはあっという間に魚類さながらの水かきが張られ、全身で逆立ったうろこは衣服を裂き、眼球と眼球は人間ではない配置に思いきり離れる。


 発狂しそうな激痛とともに、トヨカズの体はひとりでに暴れた。まるで別の生物に寄生され、乗っ取られたように。


 これこそが、警告を無視して呪力を枯渇させた代償だった。五芒星のすべて使いきった魔法少女からは、五角の封印を扉代わりに突破した〝星々のもの〟が現れる。


 時間切れ(トラペゾヘドロン)……


 虫でも這うように絶え間なく肉体を蠢かせながら、トヨカズは天井へ咆哮した。


「ぎょ、ぎょ痛たぎょぎょ~~~ッッ!? だましぎょッ!? ダムナトス!?」


 ぶちぶちぶち、と吐き気をもよおす音は響いた。


 もとトヨカズだった人物の骨肉を食らい尽くし、中にひそむ何者かは自分を覆っていた皮をも破ったのだ。人だったころの肌色の名残をうしろへ脱ぎ捨てつつ、新生物は粘液の糸をひいて力強い一歩を踏んでいる。


 それは、魚と人を足して二で割ったような異形の存在だった。


 半魚人……


 ただし昔話に描かれる想像図とは、その姿はあまりにかけ離れていた。図太い血管を走らせる鍛え抜かれた鱗の肉体は、おそろしく筋骨隆々ではないか。照明に気持ち悪く輝くのは、体表を駆け巡る強い呪力と魚市場の臭いのするヌメりだ。


 慄然と、ルリエは対象の個体名を口にした。


死魚鬼マーグル……! また!」


 これに出くわすのは初めてではない。類似のシャード事件に巻き込まれた被害者は、みな揃ってこの邪悪な死魚鬼マーグルへの変態を遂げているのだ。その剛腕が並の乗用車の車体をたやすく貫いて転倒させるのを、ルリエは過去に遠くから目撃している。


 こうなった死魚鬼マーグルの脳裏に、もはや人間時代の感情や意識はほとんど残っていない。求めるのはただ、眼前の獲物をいかに細切れに引き裂いて餌にするかだけだ。


 側壁にすがって、ルリエはほうほうのていで起き上がった。殺意に筋肉をきしませて迫ってくる死魚鬼マーグルへ、薄い掌を広げて照準する。


「ダムナトスって言ったのかしら。今回の一連の首謀者は、やっぱりあいつなのね。って聞いても答えられないか。もう、永遠に」


 ルリエの片手に、呪力が集束するのは一瞬のうちだった。死魚鬼マーグルを狙う陶磁器のような五指を握りしめ、呪われた言葉を引き金にする。


「〝石の都(ルルイエ)〟」


 次の瞬間、周囲のイスや床を巻き添えにして死魚鬼マーグルの姿勢は沈んだ。見えない巨人の掌でも降ってきたように、空間ごと景色をゆがめて逞しい体は押し潰される。


 強烈な地呪ちじゅ水呪すいじゅ混成ミックス攻撃……ルリエ特有の超重力が、出力全開でその場に発生したのだ。浴びたのが人間であれば即死、運がよくても複雑骨折と内臓破裂はまぬがれない。


 だがとんでもない負荷Gにも、死魚鬼マーグルはその名にふさわしく死んだ魚みたいに濁った瞳の色を変えなかった。直後には大きく旋回して重力場を跳ねのけ、死魚鬼マーグルは何事もなかったかのように闊歩を再開している。


 飴細工そっくりの涎を垂らして近づく死魚鬼マーグルを前に、ルリエの表情は凍った。


「そんな、効かない!? 人型兵器アンドロイドも止めるあたしの呪力が!?」


「ぎょぎょ!」


「!」


 珍奇な死魚鬼マーグルの台詞に反応して、ルリエは横っ飛びに身を転がした。


 ルリエのもといた場所を容赦なく射抜いたのは、幾本もの水の柱だ。床を割って昇った超高水圧の液状の槍は、そのすさまじい威力で天井を破壊して上まで抜けている。さっきのお返しとばかりに、死魚鬼マーグルの呪力が埋設された水道管から召喚したらしい。こんなものが女子高生の柔肌を直撃したらどうなることか。


 鋼鉄の肉体に並外れた呪力……思いもよらない強敵だ。


 血の気を失い、ルリエは身をひるがえした。


「まずい! ここはいったん仕切り直しよ!」


「ぎょぎょぎょ!」


 階段を一足飛びで駆け上るルリエを、水流の猛威はなおも追った。

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