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スウィートカース(Ⅷ):魔法少女・江藤詩鶴の死点必殺  作者: 湯上 日澄(ゆがみ ひずみ)
第一話「揺篭」
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「揺篭」(2)

 時は流れ……


 赤務あかむ市、美須賀みすか川の水面は静々とせせらいでいた。


 数多くの水生生物が、たまに飛び跳ねては水辺に波紋を広げる。草むらを優しくうなずかせるのは、夕焼け色に染まった儚いそよ風だ。


 大きな一級河川に渡された道路は、ライフラインとして市民の移動に欠かせない。その橋脚にあたる部分に、ぽっかり開いた無人の空間はある。


 建築設計上どうしても生じるそのエアポケットには、ときおり不審者の類がたむろすることもあった。だが定期的に各学校や市等の見回りが巡回に訪れるため、長い時間のたむろは意外と難しい。


 放課後の時刻、そこに忍び込んだのはこのカップル……


 少女のほうは江藤詩鶴えとうしづる、少年のほうは一学年歳下の飛井譲二とびいじょうじという。帰宅途中に川へ来たため、ふたりともまだ美須賀みすか大学付属高校の制服のままだ。こんな空虚な場所に好んで潜むとは、まさかとても羨ましい青春にでもふけるつもりか?


 いや、そうではない。


 この場所にはたったいまから〝奇跡〟が生じる。


 まずふたりは、そこらに転がっていた段ボール箱を目線の高さまで積んだ。足場としたその上へ、さらに缶に入ったなにかを並べていく。


 ホームセンターで買った安いラッカースプレーだ。合計で四本ある。


 準備を終えると、シヅルは〝的〟から数歩ばかり後退した。感触を確かめるように、利き手の指をゆっくり開け閉めしている。


 相変わらずおどおどした様子で、たずねたのはジョージだった。


「このスプレーの〝死〟を撃ち抜くんだね?」


「せや」


 優等生で気弱だったシヅルはある節目を境に、無理にいい子ぶるのもお淑やかな標準語を使うのもやめた。誓ったのだ。だれかのために強くなると。じぶんの思い出の中だけのヒーローを人生のお手本にすると。世間では不良に分類されるだろう風体はもとより、その言葉遣いにもシヅルの出生地特有のきつい訛りが含まれている。


 ジョージは食い下がった。


「でもさ。こんな場所で缶を破裂させちゃ、まわりが汚れるよ?」


「塗料は水性や。ちゃんと後片付けも掃除もする。せやからバケツとデッキブラシを持ってきたんやろが」


「まあ、壁や地面をみがいてる姿だけなら、見られても先生には怒られないか。不良生徒とはいえ」


「不良不良言わんといて。あんたがヘナチョコなだけやろ」


「ああ言えばこう言う。あのさ、シヅル」


「なんや?」


「さいきんなんだか、とても訓練に熱心だね。なぜ今になって急に?」


「直感や」


 もともと藪睨みの瞳をなお鋭くし、シヅルはつぶやいた。


「ここんとこ、世の中ではおかしなことが仰山起きとる。ひとつは殺人鬼〝食べ残し〟事件」


「ニュースでも有名だね。襲われた被害者は必ず、体のどこか一部分だけを残して蒸発するっていう。もしかして……あの事件の犯人も、シヅルみたいな能力者なの?」


「おそらくは。正確にはつかめんけど、近くでときどきおかしな呪力の反応を感じるのは多分それや」


 つぎに、とシヅルは指を数えて折った。


蛇日だにち町であったっちゅう事件……ジョージ、あんたは信じるか?」


 ジョージの顔はこわばった。


「〝吸血鬼〟騒ぎのことだね。でも政府や警察の発表じゃあれは、田舎町を狙ったただの押し入り強盗だって見解でしょ?」


「やとええねんけどな。しかし強盗にせよ怪物にせよ」


 首を回して準備運動しつつ、シヅルは告げた。


「ふだんからきっちり訓練しとかんと、いざっちゅうときに大事なものを守られへん。力をつけるんが遅かったばっかりに、うちはホシカを救えんかった。今度こそうちは、いま目の前にある愛すべきものを守りきるんや」


「愛す、べきもの……?」


 考え込む顔つきになったジョージへ、シヅルはいたずらっぽく笑った。


「あんたのことやで、ジョージ」


「えェ? な、なんだか」


 火照った頬をかくジョージに、シヅルは合図した。


「よっしゃ、始めよ。うちのうしろに下がっとき。あんたまで汚れるで」


「わかった」


 もうジョージは、シヅル自身からその超常的な特技を打ち明けられていた。〝呪力〟や〝魔法少女〟と呼ばれるその才能は、この恋人たちの間だけの秘密だ。


 シヅルの視線の先には、四つのスプレー缶が並んでいる。


 そっと瞳をつむって、シヅルは深く深呼吸した。


 沈黙に、街の騒音だけが遠く響く。


 次の瞬間、勢いよくシヅルの両目は開いた。


 刺激の波動が走ったその片目、突如として現れたのは鮮やかな〝五芒星〟の印だ。同時に、シヅルの視界はいきなり白黒が反転している。


 シヅルに視えるのは、スプレー缶にうがたれた幾つかの奇妙な〝点〟だった。それは川の土手で揺れる草花にも視えたし、振り返ればきっとジョージの体にも視えたはずだ。


 そう。


 その点こそは、生物や非生物を問わずあらゆる物体がもつ〝急所〟に他ならない。急所はすなわち〝そこを射抜けば対象が死ぬ〟ことを意味する。


 この特異性に覚醒した当初は、シヅルはなんども自分の目をえぐりだしてしまいたい衝動に駆られた。とつぜん視えたりしては唐突に視えなくなったりを繰り返す不安定で奇怪な光景に、その真の役割に、激しい自己嫌悪を覚えたためだ。


 だがいまは違う。これこそは己の求め、そして影の騎士が提案した〝救う力〟だとシヅルは理解した。現在はたゆまぬ鍛錬のおかげで、シヅルはこの魔眼と折り合いをつけて共存し、徐々にだが制御するすべを身につけていっている。


 神秘の光を帯びて、シヅルの瞳孔はいっきに広がった。


 となえる呪文は、寄生した星々のものが教える台詞だ。


「〝蜘蛛の騎士(メーディン)第一関門(ステージ1)……〝死点デッドポイント〟」


 スプレー缶はまとめて派手に破裂し、毒々しい色彩と化して壁を染めた。


 オーバースロー気味にシヅルの手から放たれた輝きが、狙いたがわず缶の急所を貫いたのだ。飛び道具は、呪力でできた合計四本の細長い〝針〟だった。


 続いて、シヅルに起きたのはある現象だ。


 片目の五芒星の一角が、薄れて消えたではないか。あの騎士もちらりと説明したし、シヅルも本能的に知っていた。


 五芒星は、魔法少女の呪力の残量を示す。たったいま呪力を行使したため、その一角は減ったのだ。星の欠落は、およそ一晩も休めばもとに戻る。


 腕を振り戻したシヅルへ、ジョージは小さく拍手してみせた。


「おみごと」


「いや、まだ甘い」


「え?」


 不思議がったジョージの前で、シヅルは耳に横髪をかきあげて答えた。


「魔法少女の力には、まだまだ上がある。うちが見たホシカの呪力は、こんな程度やあらへんかった」


「進化の途中、ということだね。いったいどんな強大な敵と戦うために、運命はきみにその力を与えたんだ?」


「いまはようわからへん。でもなんとなく感じるんや。戦いのときは近いと」


 かたわらのデッキブラシと水のくまれたバケツへ、シヅルはかがみ込んだ。


「さ、掃除して帰ろ」


「うん」


「!」


 シヅルとジョージが、そろって飛び上がったのはそのときだった。


 河川敷からこちらへ向かって、人のささやきが近づいてきたのだ。


 押し殺した声で、シヅルは狼狽した。


「み、見回りや!」


「掃除は今度だ!」


 清掃用具を手に、脱兎のごとく恋人たちは逃げ出した。


 だれもいなくなった橋下に、迷惑げに空き缶を拾いながら現れた人影がある。こちらも美須賀みすか大付属の制服をまとった女子と男子の生徒だ。この場所はほんとうに、逢い引きのスポットとして人気らしい。


「なんだかやけに、あたりが汚されてるな。それにしても、メグル」


 切り出したのは、ちょっとボーイッシュな雰囲気の少女だった。


「いい心がけだね、ポイ捨てゴミの回収とは」


「驚くのはまだ早いぜ、セラ」


 入れ替わりでここが異能力者たちの試射場になっていることを、未熟なふたりの〝結果使い(エフェクター)〟は知るよしもなかった。

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