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スウィートカース(Ⅷ):魔法少女・江藤詩鶴の死点必殺  作者: 湯上 日澄(ゆがみ ひずみ)
第三話「到着」
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「到着」(5)

「はァ?」


 シヅルは混乱した。


 一瞬にして視覚は失われ、代わりにおびただしい謎の風景が飛び込んできたのだ。


 知らない森、大海原、深海底、大空、街、人々……またたく間に切り替わっていく情報量の多さに、シヅルの脳はついていけない。目が眩んで確認はできないが、ルリエもきっと同じ幻覚に惑わされている。


 シヅルが瞳をつむっても、情報の洪水は途絶えなかった。かつて味わったことのない感覚に、不快な嘔吐感がせり上がってくる。いったい自分はいまどこにいるのだ?


 大量の景色という暗闇の中、あたりを手探りしながらシヅルは叫んだ。


「ルリエ! なんやこれは!?」


「シャードの攻撃よ!」


 どこか近くで、ルリエは警告した。


「そこを動かないで!」


「ぼ、ぼくの千里眼オビトンは……」


 見えない、いや見えすぎる視界の端に、気弱な声はこだました。


「ぼく自身があらゆるものを見通すだけじゃなく、狙った標的も千里眼に変える。操作しきれずに暴走する千里眼に、ね。ほら、初めての科目の教科書を、いっせいに解けと言われて見せられたらパニックになるでしょ。それと同じ」


 オビトンの気配は要求した。


「わ、わかったら降参して。降参しない限り、幻惑は解かないよ。いまならまだ、だれも傷つかずに済む」


 言い返したのはルリエだった。


「あたしには通用しないわ。星辰のかなたまで見通すクトゥルフの目には」


「み、未来視どおりだった……」


 残念げにオビトンのついた溜息は、ちょっと震えていた。


「じゃ、やっちゃって、偏向皮ウルツフ


「合点承知!」


 唐突に、シヅルの視覚は回復した。


 だが、また垣間見た光景に戸惑うことになる。


 ルリエの腕から伸びた触手がとらえるのは、ひとりの若者の首だ。絞め落とされて窒息した彼〝千里眼オビトン〟は、呪力の五芒星がさりげなくデザインされたメガネをかけていた。


 オビトンを仕留めたまではいい。その数秒間で十分だった。不意をついて、ルリエの土手っ腹を金属製のバットが直撃したではないか。金属バットを薙ぎ払った女〝偏向皮ウルツフ〟の耳には、これもまたイヤリング型のシャードがきらめいている。


 くの字に体を折って、ルリエは吹き飛んだ。そのまま雑木林に突っ込み、姿が見えなくなる。


 その場に残ったのは、シヅルとウルツフだけだった。金属バットで肩を叩きながら、ウルツフはシヅルに歩み寄ってくる。


「よくもルリエを!」


 瞬時にシヅルは殺気立った。


「〝蜘蛛の騎士(メーディン)第二関門(ステージ2)……〝死線デッドライン〟!」


 呪力の光でできた第三の瞳が、シヅルの額に開眼した。じぶんからウルツフめがけて引かれた死の線をなぞって、指先に生やした半透明の魔針を投じる。


 ウルツフは素早く、金属バットを引きしぼった。


「甘い!」


 気持ちのいい響きとともに、シヅルの魔針は弾き飛ばされた。魔針は虚空へ消え、金属バットにそって立ち昇るのは呪力の炎だ。


「んなアホな……うちの呪力を打ち返したやと?」


 狼狽して後退ったシヅルへ、ウルツフは迫った。シャードの呪力がコーティングされた金属バットを威嚇的に素振りしつつ、なすすべもないシヅルへ告げる。


「あんたの魔法少女の能力、あたしには効かない。点から進化したらしいけど、しょせんは単純な線よ。カウンターを専門にするあたしなら、何発でも打ち返せる」


「なら!」


 ゼロ距離から死線を切る。


 しかし砂袋を落とすような音とともに、シヅルは地面をバウンドしていた。ウルツフに触れた途端、金属バットがほぼ自動的に、最適かつ最速の動きでシヅルの手を打ち払ったのだ。魔針を撃墜した凶器は、旋回して素早くシヅルを唐竹割りに叩き伏せた。


 これが偏向皮ウルツフの超人的な迎撃能力だ。それは洗練された合気道のごとく、シヅルの攻撃と呪力をそっくりそのまま本人へ送り返す。ウルツフ自身の腕力は弱くとも、敵の勢いが強ければ強いほど相手を襲う反動は大きい。


 脱臼して自由を奪われた肩をおさえ、シヅルは地面に転がったまま苦悶した。その頭上に差したのは、おそるべきウルツフの影だ。


「ガキを袋叩きにするなんて、あたしの趣味じゃないわ。でも獲物が魔法少女や魔人魚なら話は別よ。あたしはあんたらが憎くて憎くてたまらない。気を失って、また目覚めるまでなんべんでも暴行してやる」


 ウルツフがとどめの打棒を振り上げた、まさにそのときだった。


「!」


 シヅルの片目から広がったのは、邪悪な波動だ。呪力の突風は、シヅルを中心に渦巻いてあたりの樹々をざわめかせている。顔をかばって踏ん張ったウルツフの鼓膜を、その呪われた台詞は震わせた。


「〝蜘蛛の騎士(メーディン)第三関門(ステージ3)……」


 幽鬼のごとく、シヅルは立ち上がった。瘴気をこぼして、砕けた肩の再生は完了。女子高生の制服は、隅から隅へとみるみる異世界の衣装に裏返っていく。


 喪服のごとき漆黒のドレスと、それを縁取る激しい呪力のかげろう……


 不良少女は、魔法少女に着替えた。


 猛然とシヅルの周囲に浮かび上がったのは、大きな呪力の目玉だ。おぞましく血走った視線でウルツフをにらむその数は、合計で四つにものぼる。


 そのあまりの不気味さに顔色を青くし、ウルツフは怒鳴った。


「眼球の、魔法少女! とうとう本性を現したわね!」


 大上段に金属バットをかざし、ウルツフはシヅルに飛びかかった。


 魔法少女とはいえ、人の形であるかぎりは動きは線状だ。どんな攻撃でも、シャードの力で的確に軌道を読んで反撃できる。


 なかば意思を寄生体に乗っ取られたまま、シヅルは無表情にささやいた。


第三関門(ステージ3)死面デッドエリア〟」


 刹那、シヅルと宙の複眼が視る視界は線ではなくなった。


 無数の線と線がまんべんなく折り重なり、もはやウルツフは〝面〟と化している。


 さしもの高度な反撃能力も、範囲が広すぎて捉えきれない。シヅルの腕の一振りとともに、金属バットは針の山に変じた。急所という急所を射抜かれた凶器は、きらめく金属片になって砕け散る。


 五芒星が残り一角でシヅルに余裕がなかったのは、ウルツフにとって幸だったのか不幸だったのか。コマ落としの速度で肉薄するや、ウルツフの腹腔にめり込んだのはシヅルの鋭い飛び膝蹴りだ。呪力混じりの白煙をひいて吹き飛び、ウルツフは地面を跳ねて大人しくなった。


 砂埃をあげて着地を決めたシヅルは、倒れたウルツフを凝視したまま動かない。


「……!」


 シヅルは我に返った。まず、じぶんの服装が変わっていることに気づく。


「こ、これは……?」


 気絶したウルツフと己の手足を順番に眺め、シヅルは悟った。


「このカッコは、魔法少女? なったんか、うち?」


 いずこかへ消え失せた同伴者の名前を、シヅルは呼んだ。


「お~い! ルリエ、ルリエ! 堪忍な、無意識に魔法少女になってもうた!」


「豊かな才能がおありのようです」


 鍛え抜かれた腕が、じぶんの首筋に巻かれるのをシヅルは察知した。


 背後から何者かが、シヅルに裸絞め(チョークスリーパー)を仕掛けたのだ。反射的に、シヅルは後方へ肘打ちを放った。魔法少女の膂力で放たれたそれは、常人であれば内臓破裂はまぬがれない。


 だがなぜか、背中を取った命重装キスラニに肘鉄は効かなかった。かわりに束の間だけ、そのうしろには男を模した残像らしき影が飛び抜けてすぐに消える。破壊的なダメージを、キスラニは〝命ごと受け流して捨てた〟らしい。これこそが、あの圧巻ともいえるホーリーの一撃さえ耐え抜いた彼のシャードの能力だ。


 はでに暴れるシヅルの動きは、やがて刻々と弱まっていく。頸動脈に栓をされ、シヅルはしおれた花のようにその場に崩れ落ちた。呪力の粒子をちらして、魔法少女のドレスはもとの制服へ戻る。


 立ち上がると、キスラニは額の汗をぬぐった。


「三人がかりでようやくですよ……おや?」


 そばの茂みをかき分け、キスラニは瞳を細めた。


 外敵のうち一人の姿が、どこにもない。おまけによくよく確かめれば、倒されたオビトンとウルツフからは特製のシャードが持ち去られているではないか。


久灯瑠璃絵くとうるりえは逃げましたか。大事なシャードまで奪って。油断も隙もありません」


 樹に縛りつけられたシアエガの縄を、キスラニは手際よくほどいた。いまだ眠ったままの彼を、そっとその場に座らせる。


「あとで迎えにきますからね、三人とも」


 昏睡したシヅルを肩に背負うと、キスラニは森の暗闇へ消えた。

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