暇人の論文(原稿)
男(主人公)は無謀な行いに出る。
フリー題材の論文を課題にされたからといって、そんなのを題材にするなんて……。
「お前がなんでこんな題材にしたのか、分からないんだが」
この言葉と共に、俺が書き始めた論文が机にバサリと叩きつけられた。
その論文のタイトルはこうだ。
『現代技術VS典型的ファンタジー世界(原稿)』
もしファンタジー世界から我々の世界への侵攻があったなら、現代技術でどのくらい戦えるのか。 それを思考実験的にシミュレーションしてみた結果をまとめたもの。
この原稿に推敲や校正をしたり、忘れていた要素を足して再シミュレーションした結果も追記したりして、本稿とする予定。
「これはとても大切な資料と成り得るシミュレーション論文だ」
こう反論するが反応は思わしくはなく、なぜか「こいつはこんなにバカだったのか?」と思われた様なジェスチャーをされる。
俺はとある大学に通う学生だ。
それで師事する教授にフリー題材の論文を課題に出されたので、書いてみた次第である。
ちなみに着想を得た元だが、これは単純だ。
だいぶ前に話題になったネタ。
宇宙人は居るのか? 侵略される危険は?
そんなネタを、総理大臣や大統領、またはそれに近い者へ質問していた話を思い出した。
そんなのを大真面目に答えさせられた偉い人達にお疲れ様と言いたい。
そんなのを思い出したので、そこから連想。
だったら異世界人の侵略があってもおかしくない。
そう考えてしまったら、瞬時に妄想が止まらなくなったのだ。
ならば論文はそれで良いじゃないか。
そう思い取り急ぎまとめた物をこうして、なんだかんだと良くつるんでいる友人に見せて、教授へ見せる前に評価をしてもらおうとした訳だ。
ちなみに今は、この友人が在籍する研究室内。
「普段からバカだバカだと思っていたが、論文でこんな題材にするほどだとは思わなかった」
まるで頭痛を感じているみたいに、頭に片手を接触させて頭を振る友人。
彼はいつも野暮ったいメガネと白衣姿だ。
ちなみに俺も、野暮ったい髪型と細いフレームのメガネ、ついでに白衣姿だ。
「本気も本気。 大真面目な論文で、ここまでバカにされるとは思わなかったよ」
友人にそんな事を言われるとは心外であり、それで素直に抗議してみれば、今度はジト目で返された。 解せん。
まあ確かに。
とても広い宇宙には、それを自由に行き来できる知的生命体が居る可能性と、空想・妄想以外では存在するかさえ確認できない異世界人がいる可能性とでは、宇宙人の方が比較できないほど高確率だろう。
異世界人が居る確率など、測定不能なほどに小数点以下の0の数が多くなるだろう。
だが。 だがしかしだ。
それを理由に切り捨てて良いのだろうか?
存在を現代の科学で確認できないからと、簡単に切り捨ててしまえるのだろうか?
トンネル効果で人が壁をすり抜け……透過してしまう確率など笑えるほど小さい。 しかし起きるかもしれない、と計算されている。
だったら異世界だって有るかもしれないし、その異世界から侵攻してくる可能性だって、計算式は分からないが、とても小さいながら有るかもしれない。
科学的ではない。
そんな言葉で切り捨てて良いのだろうか?
魔法と言う概念の在る世界で、その魔法で理論上はなんでも出来てしまうなら、世界を渡るなんてのも可能だろう。
現代科学で出来ない事など、山ほどあるだろう。
観測できない事柄も、山ほどあるだろう。
なのに科学的ではないと否定してしまえるのか?
……などと暑く語ってみたが、実際の所は興味だ。
着想から連想し、現代にファンタジーがやって来たとして、ファンタジーは現代に通用するのか?
そんなシミュレーションを脳内実験でしてみたくなったのだ。
~~~~~~
「最初のシミュレーションから雑過ぎるだろ。 魔法を使う異世界人が侵略してきたら、被害は地球全体で10~30%とか。 どんな計算だよ」
話は内容に移っていた。
「両者の初動で大きく変わるんだよ。 いきなり攻撃してくるのか、交渉を持ちかけてくるか。 とかさ」
「いきなり暴れだしたら、即攻撃命令で排除か?」
「そうそう。 それで交渉しようとしてくるなら、騙し討ちをしてくるかどうかで対応が変わる」
「騙し討ちなら発覚後、即応排除。 移住を本当に求めているなら、世界を渡る技術……恐らく魔法か? と引き換え~とかになるか?」
「そうなるね」
さっきまで頭を痛そうにしていたのが嘘みたいに、口をブルンブルン回す友人。
もう俺の論文を机に放り捨てて、話し合いの姿勢になっている事に気付き、ちょっと呆れた。
なんだかんだ言っといて、この友人もやはりバカ(同類)である。
それと論文を読めば、その辺は俺が書いたのとそっくりな結果であるため、あんまり読んでないなコイツと思うのも当然だ。
「主題は、もし全面戦争や生存戦争になったなら、現代技術とファンタジーのどちらが勝つか。 で良いんだよな?」
「良いね」
ここで言う生存戦争とは、生存競争と呼ばれる類ではなく、本当に種の存続をかけた戦争である。
捕虜だの降伏だのは無い、生きるか死ぬか。
種が生き残るか、完全に淘汰されて絶滅するか。
そんな物騒な事態に突入したら、どちらが勝つか。
それを大真面目にシミュレーションしてみた結果が、その机で寂しそうに横たわっている論文だ。
……論文ではなく研究結果の資料じゃないか、と言われても知らん。
「どんな条件で戦わせているんだ?」
とうとう、ほとんど読んでいないと遠巻きに自白した友人。
そこを突っついて抗議しても時間の浪費になるだけだろうから、そこをなんとか飲み込んで口を開く。
「まずは人類同士だね」
「ほう」
「俺達と変わらない身体能力だったなら、現代人の圧勝」
「その心は?」
「敵が認識、攻撃出来ない超長距離から一方的に叩けば、魔法なんてのが有っても相手は時代遅れの騎士みたいなものだからね。 楽勝だろうよ」
狙撃銃、迫撃砲、ミサイル、高高度爆撃。 超長距離からの攻撃なんて、いくらでも有る。
中世時代程度の知識や価値観の者なら、攻撃範囲なんて100メートル台で十分だろう。
それより長い射程の兵器を沢山持つ現代人が、負けるなんてあり得ない。
そう添えてやる。
「うむ」
友人が、さも当然と言った顔で頷くが、これは前文の直後に出したので、前文までしか読んでいないとバレバレだ。
「だけどこれは、ゲームなんかにあるステータスの概念がまざると、苦戦すると予測する」
雰囲気を一変させて、重めの顔と声を作ってやれば、友人の野暮ったいメガネが光る。
「……続けたまえ」
何様だよお前は。 そう言いたいのを何とかこらえ、続ける。
「ステータスは憶測でしかないけど、恐らく簡単に超人化できる。 飛ぶ銃弾でさえ目視して避ける能力を得られると予測するね。
本当はもう少し厳しく予想したいけど、俺の計算できる限界がこれ位」
ここでチラリと友人を見るが、メガネの輝きが増している気がする。
「こうなると直接的な攻撃が効かなくなるだろうから、搦め手しかなくなる」
「ふむ」
「ここでの搦め手は、非人道兵器や環境に影響が出る兵器もコミ」
兵器の列挙に、マスタードガスや枯葉剤も出す。
「ほう」
「侵略者に補給や休息を許さない攻撃を、出来るだけ早く決断できるかが鍵になる。 相手は超人。 個人の戦闘能力が極めて高いから、潜伏されたら終わりだ」
「……うむ」
さっきから何も言わず、頷くだけの友人を怪しくも思いながらも、俺は続ける。
「兎に角休息を許さない攻撃を続けて、防御する相手の魔力を削り、飢えなんかで弱らせる。 そうしてようやく、勝てるだろうね」
「かもしれんな」
「それで解決までが最速だったとしても、人的でも物資面でも10%は出るんじゃないかってのが試算だ。 非人道兵器を使う決断が遅ければ、最悪30%を越える被害が出てもおかしくない」
本当の最悪は30%とか削られてから、ようやく重い腰を上げるパターン。
これだと足掛かりを作られた状態になり、勝てても損害は半数を越えるかもしれない。
侵略者の人道まで配慮していたら、苦しむのはこっちなんだから思いきらないとダメ。
そう締めると、友人のメガネは輝きが消え、眉がへにょりと垂れる。
「なるほどな。 それで他の想定もしているのか?」
さっきまでと違い、なぜかしょぼくれている友人。
だがまあ、油の差された口を止める理由にはならない。
「超人までならなんとか。 しかし超人も越えた人間が向こうに居たら、防衛網を構築できずに負けるだろうね」
どれだけ対策を練ろうが、実行する前に全てを蹴散らしてしまうヤベーやつ。
焦土作戦を執ろうにも、その前に入り込まれて好き放題されるだろうし。
「へぇ」
「魔物と呼ばれる怪物達がきたら、多分俺達は負ける。 俺達の文明では物理手段しかないからな。
物理攻撃が効かない怪物、なんてのが出たら対応できない。 それが出てきた時点で滅亡が確定と言っても良い」
「まあな」
眉はへにょったままに、生返事の友人。
「魔物と対をなす最悪の事態と言えば、既に異世界人が侵攻する尖兵として潜伏している可能性」
「そりゃそうだ」
「俺達の技術や知識を学習されて、対策されている場合」
これを言った途端、友人が固まる。
「典型的なファンタジー系異世界なら、向こうの世界的に俺らの規模の工場が建てられるほど安全ではない。
だから俺達の技術を真似した生産をしていても、生産量に差ができるからそれ自体は脅威じゃないね」
「…………」
「だから現代人……地球側は物量で戦える、勝てる。 でも、間違いなく被害は30%で済まず、文明が維持できるか分からないレベルの被害を受ける」
「………………」
「そうなれば、ある意味敗北だ。 厳しい状況になる」
これまでの予測を考証する資料は、引用を参照してな。
と、ここまで言い切った所で、友人がようやく口を開いた。
「これをマジで、論文として教授に提出するのか?」
「現実的な結論っ!?」
なお、念のためにこの友人へ見せた原稿をそのまま教授に見せて、このまま進めて良いか確認した所。
これは科学的か科学的でないか以前に、根拠も無いただの妄想の固まりだ。 題材は再考しろ。
と蹴っ飛ばされましたとさ。
これは思考実験だと食い下がってみたけど、なしのつぶて。
思考実験じゃなくて、異世界が実在する証明ができた位じゃないと、論文として認めん。
なんて追撃をもらいました。 まる。
主人公は男である。
だがしかし、友人も男だとはだれも言っていない。
名前も言っていないし、一人称を言っていないから、推測すら立てられない。
しかも。 しかもだ。
主人公が友人として信頼している相手が、現代の地球人だとも言っていない。
いわんや教授もだ。
読者様方の周りにいる人達が、異世界人ではないと言う保証は無い。
平和的に馴染んで、帰化したいと望む人達なら良いが、そうでなかったらどうする?
本当に侵攻・侵略するための尖兵であったなら?
あなたの周りを、あなたはどれだけ信じられますか?
なんて、無責任に不信の種をばらまいてみる実験(とてもとても悪い顔)