09 エクレアvsジャド
『さあっ! 始業初日の放課後から、まさかの決闘となるとは!
しかも「雷姫エクレア」と「邪道剣のジャド」という、実力者どうしの戦いだぁーーーーっ!』
「なんだよ、うるせぇなぁ……」
わんわんと共鳴する拡声魔法のアナウンスに、俺の意識は叩き起こされてしまう。
『負けたほうは、敗者の部屋に投げ込まれます!
その中では、敗者は勝者に何をされても文句は言えないのです!
そう、二度とこの学園にいられなくなるようなことでも……!』
俺はベッドから起きて、小屋の扉をちょっとだけ開いて外の様子を伺う。
すると中庭の真ん中で、ひとりの女子生徒と男子生徒が睨み合っていた。
女子生徒のほうは、金色の髪をなびかせる、目が覚めるほどの美少女。
バチバチと稲妻ほとばしる光芒の剣を、勇ましく構えていた。
男子生徒のほうは、ガリガリに頬がこけ、骸骨のようにやせ細っている。
髪の毛も、高校生とは思えないほどにスッカスカ。
立っているのもやっとの様子で、歪な剣を杖がわりにしていた。
『エクレアとジャド、両者とも剣タイプの眷精の使い手!
「ライトニングセイバー」と「ストームブリンガー」、これはまさに雷と嵐の対決!
いったい、勝つのはどちらなのかぁーーーーっ!?!?』
1対1の戦いなら、どう見ても女のほうが……。
と思っていたら、周囲にあった木や岩が変形し、そこから数人の男子生徒が現れた。
『おおおーーーーーっとぉ!? まさかの伏兵が参戦!
どうやらジャドの手下のようです! その数、9人!
いっきに10倍もの戦力差がついてしまったぞぉーーーーーっ!?』
取り囲まれたエクレアは、「1対1だって言ったじゃない!?」と抗議する。
ジャドはヒヒヒと笑った。
「決闘は、決闘開始の宣言がなされたときにフィールドにいた全員に、参加の権利が与えられるんじゃ……!
開始前にちゃんと確かめなかった、お前さんが悪いんじゃけんのぉ……!」
「くっ……! 卑怯者っ……!」
そして始まる1対10の戦い。
エクレアは雷姫と呼ばれるだけあって、まさに迅雷のような戦いっぷりだった。
レイピアをひと振りするたびに稲妻が疾り、骨が透けた男子生徒がひとり、またひとりと黒焦げになっていく。
しかし多勢に無勢、死角から斬り掛かられ、じょじょに傷だらけになっていった。
9人の手下を片付けた頃には、エクレアはもうフラフラ。
かたやジャドのほうは、その精気を吸い取ったかのようにイキイキしていた。
「ヒヒヒヒ……! お前さんをひと目見たときから、ずーっと抉ってやりたいと思ってたんじゃぁ!」
「へ、変態っ……!」と、震えながらも構えをとるエクレア。
しかしジャドは一瞬にして背後に回り込み、エクレアの細い首筋に邪剣をあてがっていた。
「はっ……速いっ……!?」
「ワシの眷精である、この『ストームブリンガー』は、血を吸えば吸うほどワシに力を与えてくれるんじゃぁ!
そして、血を吸ったこの邪剣を手にしている限り、ワシは無敵となるんじゃぁ!」
ジャドは長い舌を垂らしながら、エクレアの耳元で囁きかける。
「死にたくないじゃろぉ? なら、大人しく敗者の部屋に入るんじゃぁ……!
破瓜の血をこのワシに捧げたら、命だけは助けてやってもいいんじゃぞぉ……?」
するとエクレアの脚がガタガタと震えだし、手にしていた『ライトニングセイバー』が消え去る。
「ま……負けました……! 負けを認めるから……おねがい、許して……!」
どうやら戦う気力よりも、恐怖のほうが上回ってしまったらしい。
武器タイプの眷精は、持ち主が戦意を喪失すると消えてしまうんだ。
「ヒヒヒヒ! そう言われて許すヤツが、どこの世界におるんじゃ!
戦いに敗れた姫は、陵辱のかぎりを尽されると決まっておるんじゃ! さぁ、きりきり歩け!」
ティフォンはジャドに押されるようにして、無理やり敗者の部屋のほうへと歩かされる。
『おおーっとぉ!? エクレアが敗者の部屋のほうに歩き出したぞぉ!?
これは、勝負あったのかぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?』
もはやエクレアの瞳からは光が消え失せていた。
ジャドはその光すらも奪ったかのように、落ち窪んだ瞳をギラギラと輝かせている。
俺は小屋の扉からひょっこりと顔を出すと、近づいてくるふたりに声をかけた。
「ここは俺が使用中でね、悪いが、よそをあたってくれるか?」
「らっ……らいがぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」
中庭を囲む校舎、その窓から覗いていたたくさんの生徒たちが、一斉に絶叫。
沸騰するようにわき立つ周囲をよそに、俺は小屋から出た。
「前にいる女子だけだったら、同室させてやってもいいが……
だが後ろにいるゲス野郎、テメーはダメだ。ハゲが伝染るからな」
吹き出す観客に、「なっ!?」と目を剥くジャド。
「これはハゲじゃなくて、一時的なもんじゃけん! この女の血をすすったら、すぐにフサフサに……!」
「おいおい、他人の血を育毛剤がわりにするんじゃない。まったく、正真正銘のゲス野郎だな」
「ならライガ! まずはお前の血を吸わせてもらおうかのう!」
「や……やめて!」と叫ぶエクレアを、ジャドは脇に蹴り飛ばす。
「お前は後でタップリかわいがってやるから、そこでライガが切り刻まれるところを眺めてるんじゃ!」
エクレアは俺に向かって泣きすがった。
「に……逃げて! 決闘エリアから出れば、攻撃は校則違反になるわ! わたしがなんとか、足止めを……!」
「そんな面倒なことより、もっと簡単な方法がある。俺がコイツをブチのめせばいい」
するとジャドが弾けるように笑う。
「ヒヒヒヒヒ! おい聞いたか、みんな! 『静電気』しか能がないゴミスキル野郎が、この『邪剣のジャド』様に挑むんじゃと!」
周囲の観客たちも、賛同するように嘲笑する。
この中で笑っていないのは、俺とエクレアだけだった。