07 弓術師アーチャン
『帝都創造学園』は入学式典を終えたあと、1週間後に始業となる。
だいぶ間があるが、それには理由があった。
この学園は帝都を創るための学校なので、街中などにある通常の学校とは異なり、未開の地に開設される。
そのため、生活基盤を整えるのも生徒の役割のひとつなんだ。
例外的に、生徒会の幹部や教師陣にかぎり、校舎である城の中に住居を構えることを許されている。
「俺も本来は、帝都会長の右腕になって、城で暮らしてたはずなんだよなぁ……。
今はどん底の追放者だが、こっちのほうが気楽でいいや」
そのため住むところは自前で用意する必要があったので、小屋を作り上げた。
簡易ではあるものの、ベッドなどの家具もついでに作る。
「あとは、メシをどうするかだな……」
城のまわりの集落にはすでに、料理スキルを持つ者たちが店を開いている。
対価を払えばメシを食わせてもらえるが、あいにく俺は一文ナシだ。
聖女グループは無償の炊き出しを行なっていて、そこにはクラスの底辺たちが列を作っていた。
「でもあの炊き出しは、聖女たちが『支配者ボード』の支持率を高めるのが狙いなんだよな。
だから俺みたいな追放者が行ったところで、門前払いされるのがオチだろうな」
となると、俺はメシまで自前で調達する必要があるというわけだ。
俺はメシを求め、小屋から森へと繰り出す。
森のゴブリンたちを倒して訓練しつつ、キノコなんかを探そうと思っていたのだが……。
キノコより先に、地面にぺたんとアヒル座りしている女生徒を見つけてしまった。
小柄で、自分の背丈くらいはありそうな弓が傍らに置いてある。
「どうしたんだ?」と声をかけると、帽子の羽根かざりが揺れて上を向いた。
ショートカットの活発そうな女の子で、けっこう……いや、かなりかわいい。
彼女は俺の顔を見ても、他の女子と違って嫌な顔をしなかった。
「あ、ライガくん! 木から落ちて、足を痛めちゃって……」
「そうか、ちょっと見せてみろ」
しゃがみこんで、彼女のブーツを脱いでいるほうの足をあらためる。
足首のあたりがひどく腫れていた。
「ライガくん、聖女の誰かを呼んできてくれないかな? もちろん、お礼はするから」
「いや、このくらいなら俺が治してやる」
「へ? ライガくんって『静電気』のスキルだよね? それでどうやって……」
俺が患部に触れて『低周波治療』のスキルを発動した途端、彼女はピクンと肩を震わせた。
「な、なに? なんだか、プルプルしてる……?」
「痛いか?」
「う、ううん、痛くない。平気……」
「そうか、なら少しじっとしててくれ。お前、名前は?」
「あ……ごめん、ボク、アーチャンっていうんだ、よろしくね」
戸惑った様子で、ポッと頬を染めるアーチャン。
「どうした?」
「いや、その……こうやって男の子に身体を触られるのって、初めてだったから……」
「嫌か?」
するとアーチャンは、帽子が外れそうなほどにブンブン首を左右に振る。
「とんでもない! ぜんぜん嫌じゃないよ! むしろ気持ちいいくらい! って、何言ってんのボク!?」
「その調子なら、もう大丈夫だろう」
と、俺が患部から手をどけると、腫れはすっかり引いていた。
アーチャンはギョッとなる。
「え!? ウソ!? なんで治っちゃうの!? しかも、聖女の奇跡のスキルよりも早かったよ!?
ただ、プルプルしてただけなのに……!? どうして!? どうしてぇ!?」
「静電気には、こういう使い道もあるのさ」
アーチャンは半信半疑な様子で患部をさすっていたが、やがて落ち着きを取り戻す。
まっすぐな瞳で俺を見据え、ぺこりと頭を下げた。
「あ……ありがとう! ライガくん! ひとりぼっちでケガして、どうしようかと思ってたんだ!
すっごく助かったよ! お礼はなにがいい?」
この学園では、誰かになにかをしてもらったら対価を払うのが常識となっている。
基本的には金や物、または労働力などの肉体、場合によっては心までもがやりとりされる。
しかし俺は、どれも要求しなかった。
「いや、礼はいい。
それよりも、なんでひとりで行動してるんだ? 最低でも、ふたりひと組が基本だろう」
「実をいうと、アレを追いかけてきたんだ……」
アーチャンはバツが悪そうに、ひとさし指を立てる。
指先を目で追うと、高い位置にある樹冠に、しぼんだ風船つきのプレゼントボックスが引っかかっていた。
「支援物資を取ろうとしてたんだな」
「うん、パパが贈ってくれたみたいなんだ。
うちは貧乏だから、プロテクトを掛けるお金なくて……それで急いで追いかけてきたの」
プロテクトがない、もしくはプロテクトの効果が切れてしまった支援物資は、誰でも開けることができる。
「なるほど、あれを取ろうとして木に登ってたんだな。
でもお前は弓術師なんだろう? なら、矢で落としてやれば……」
そこまで言って、彼女の矢筒がカラッポなのに気付いた。
テヘヘ……と笑うアーチャン。
「ねぇ、なにかいい手はないかなぁ? さすがに『静電気』でも、あれを取るのは無理だよねぇ?」
冗談めかして言う彼女をよそに、俺は空に向かってパチパチくんの群れを飛ばしていた。
パチパチくんたちはリボンのかかった箱の側面に集まると、顔を見合わせあって頷き会う。
そしてタイミングをあわせ、
「ピヤーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!」
拳を突き出したポーズで、一斉に箱に突っ込んでいった。
箱にぶつかると、パチパチパチッ! と弾け、木の枝がしなる。
やがて、枝からはずれた箱が、綿毛のようにふわふわと落ちてきた。
「う……うっそぉぉぉぉぉーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」
首がグキッとなりそうなくらい顔をあげ、口をあんぐりさせているアーチャン。
手元に降りてきた箱を、信じられない様子で受け取る。
「すっ……すごいすごいすごい! すごすぎるよ! ライガくん!」
「礼なら、パチパチくんたちに言ってやってくれ」
「うわあっ、ありがとう、パチパチくーんっ! よく見るとかわいいっ!」
アーチャンは遅れて降りてきたパチパチくんたちに頬ずりしようとしていたが、頬を寄せた瞬間に静電気でパチッとなり、「いたっ!」とのけぞっていた。