02 すべてを失ったはずの俺
「え……」
と静まり返る会場。
俺のスキルが『静電気』……?
なにかの間違い、いや、冗談だろ……?
しかし冗談などではなかった。
手のひらサイズの小さな妖精みたいなのが、どこからともなくやってきて、俺の肩にふわりと止まったのだ。
これがもしかして、パチパチくん……?
それは、今までさんざん見てきた他のクラスメイトの眷精に比べると、あまりにも小さく頼りない。
風が吹いただけで吹き飛ばされそうになっていて、俺の肩に「ピャー」と捕まっていた。
水を打ったように静まり返る会場に、その蚊の鳴くような声だけが響く。
新入生の誰かが、ボソリと言う。
「せ……静電気って、まさか……あの、パチッてするやつ……?」
次の瞬間、怒声が押し寄せてきた。
「ふっ……ふざけんなぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」
「なにが黄金のスキルだよ! とんでもねぇゴミスキルじゃねぇか!」
「なにが『超新星のライガ』だ! お前なんか星ですらねぇよ! このパチパチ野郎っ!」
「入学前に媚び売って損したぜ! こうなったら徹底的にいじめてやるから覚悟しろっ!」
「サイテー! あんなのが一緒のクラスだなんて、死んだほうがマシよ! いや、アイツが死ぬべきだわ!」
「死ねっ! 死ねぇぇぇぇーーーーっ!!」
罵声とゴミが俺に向かって飛んでくる。
水晶板の向こうにいる権力者たちも、鬼のような形相をしていた。
支援者ボードにある俺への支援額が、光のような速さで減少していく。
一瞬にして100億は消え去り、ドンケツの0¥になってしまった。
帝都会長は、額に豪雷のような青筋をいくつも浮かべ、震えている。
『き……きっさまぁ~~~! よくもこの俺様を、たばかってくれたな……!
いますぐ俺様の前から、消えうせろっ!!』
帝都会長が、バッ! と俺に向かって手をかざした瞬間、見えないプレッシャーがドテッ腹をえぐった。
俺は紙クズのように舞い上がったあと、新入生たちの頭上を吹き飛ばされていく。
会場の片隅の壁に「ぐはあっ!?」と叩きつけられる。
「うっ……ううっ……!」
たったの一撃で、意識がもうろうとした。
今までは膝を擦りむいただけで、みんなが気づかってくれたのに……。
今はもう、俺を見る者すらいなくなっていた。
帝都会長は何事もなかったかのように、入学式典をすすめる。
『会場にまぎれこんだゴミを片付けたところで、それでは次は、「支配者ボード」だ! こちらを見よ!』
帝都会長が示したのは、支援者ボードのとなりにあるランキングボードだった。
『これは諸君らの支配力、すなわち他の者たちから勝ち得た、尊敬、畏怖、好意などを数値化したものだ!
支援者ボードが「金の力」なら、こちらは「人の力」と呼べるだろう!
金と人は、国づくりには無くてはならぬもの! 集めて損はない!』
1位 テンドウ 31
2位 エクレア 29
3位 該当なし
『なお入学式が始まった時点の交流から、計測がスタートしている!
やはり先ほどの開花の儀式で、より良いスキルを得た者が上位にいるようだな!
諸君らはこれからの学園生活を通じ、スキルを持ってその威を示しあうのだ!
ねじ伏せ、服従させろ! いま諸君らの隣にいるのはクラスメイトではなく、未来の手下なのだ!』
俺はその説明を、壁に身体をあずけたまま聞いていた。
するとふと、小さな影が覆いかぶさるようにして、しゃがみこんできた。
「ざぁこ♪ やっぱりあたしの言ってたとおりだったじゃん、ライガはザコスキルに違いないって」
子鹿の耳のようなピッグテールを、嬉しそうにぴこぴこさせるガミメスだった。
彼女はまだ年齢的には小学生なのだが、飛び級で進学した天才少女である。
まだ小さいので、制服もSサイズのを着ているのだが、高校生用なのでダボダボ。
袖は手が出ないほど長いのに、スカートだけはパンツが見えそうなくらいにギリギリまで切り詰めている。
顔はかわいらしいのに、クソガキみたいな性格なので全体的にかわいげがない。
それでも俺にとっては、妹のような存在だった。
でも今は、相手をしてやるだけの余裕はない。
「うるせぇな、ほっとけ。こっちは落ち込んでるんだ」
「ざぁこ♪ ライガは心までザコいんだよね~♪ みんなは知らないけど、あたしは知ってるんだ」
「なにが言いたい?」
「ザコスキルのうえにそんなザコい性格じゃ、誰からもパーティを組んでもらえないよねぇ~?
あ~あ、この学園でぼっちは相当つらいぞぉ~♪ あ~あ、ライガかわいそぉ~♪」
半笑いで、歌うように節をつけるガミメス。
「かわいそうだから、特別にぃ……」と、ニタァと何かを言いかけたが、背後から起った驚愕に遮られていた。
「ええっ!? お、おい、見ろよ! 支配者ボードを!」
1位 テンドウ 31
2位 エクレア 29
3位 ライガ 10
「3位に、パチパチ野郎が入ってきたぞ!? しかも、10ポイントも取ってやがる!?」
「10ポイントっていえば、ひとり分の支配値のほぼ最大じゃないか!」
「ってことは誰かがパチパチ野郎を、すごく尊敬したか、すごく怖れたか、すごく好きになったりしたってことか!?」
「えーっ、うっそぉ!? なんであんなゴミスキルの男を!? いったい誰が!?」
新入生たちのざわめきが届いたとたん、ガミメスの態度が急におかしくなった。
「ふ、ふん、ライガみたいなザコを好……よく思ってるヤツなんて、もういるわけないじゃん!
き……きっと集計がおかしいだけよ! だっ、だから調子に乗るんじゃないわよ! このザコっ!」
ガミメスはオレンジの汁を顔にかけられた子猫のように、ピャッと俺の元から離れ、新入生たちの列へと戻っていった。