その4 華麗なるライブの最中
謎のドレスコードマンと出会い、様々な個性的な方々とすれ違った俺たちはチケットに書かれていた座席に座ろうとしていた。
「えーっと、桜澤さんって俺の席の隣だったの?」
俺は桜澤さんに聞こえないように小さめな声で早場にそう尋ねた。
「柊木さん。それ、前に言ってませんでしたっけ? 俺たちの席の近くだって」
「近くとしか聞いてないよ! なんで隣なの!」
「まぁ、いいじゃないっすか。美少女の隣っすよ。それって女っ気のない柊木さんにとって幸運なことでしょ?」
「お前、分かってて、渡しやがったな!」
「あはははは」
「笑うんじゃねぇ!」
「俺は二人に気を遣っているんすよ? ほら、桜澤さん、俺じゃなくて柊木さんの方を見ているじゃないっすか」
「俺はあの人が苦手なんだ。ほら、まるで、俺を実験動物を見るかのような目をしてさ。もはや、人間として見られてないんだよ」
あの冷たい目! あれのどこが人間として見ているって言うんだ!
「あはははは」
「いい加減、笑うんじゃねぇ!」
俺の心が折れてしまうだろ!
「ねぇ、座らないの? そろそろ、ライブが始まるわよ」
「あっ、はい」
俺はおとなしく柊木さんの隣に座ることにした。決して、彼女の冷たい目に屈したわけではない。
「そうだ。ライブが始まるまでベルデンハイムの話をしない?」
「俺、まったく知らないんですけど」
「じゃあ、私が教えてあげる」
俺は聞き耳半分で彼女のベルデンハイムに対する熱い思いを聞いた。
できれば、その熱意をほんの少しだけ俺を人として見る方に振り向けてほしいと心の中で思っていた。
結局、彼女の話はライブが始まるまで続いた。
******
これがライブなのか。
俺はベルデンハイムのライブを30分ほど見てそう思った。いや、本当は始まる前から嫌な予感はしていた。
まず、いきなり、学芸会の演劇のような何かが始まって、その劇の合間にミュージカルのように歌いだす。
なら、もうミュージカルでいいじゃないかって思うんだけど、それにしては劇のクオリティは低いし、ベルデンハイムが歌い出すと急にエキストラたちが劇そっちのけでベルデンハイムを引き立てるように踊り出す。
なんか見ていて気分が悪くなってきた。
あと、さっきからずっと桜澤さんに見られている気がする。
さっきまで熱くベルデンハイムについて語っていたはずなのに、今はなぜかベルデンハイムではなく、俺の方に視線が向いている。
いい加減、止めてほしい。これ以上、俺の貴方に対するイメージ増を壊さないでくれ!
あと、早場! さっきからいびきがうるさいんだけど!
せっかくライブに来たんだ。せめて起きておけよ!
すると、急に早場とは反対側の肩に何か重みを感じた。
重みの正体は分かってはいるのだが、俺は恐る恐るそちらの方を向いた。
そこには、桜澤さんが俺の肩にもたれて寝ているではないか!
なんだ! これは!
一種の罰ゲーム? ドッキリ? おい! どこかに隠しカメラがないだろうな!
いや、暗くて分からないか。
はぁ……。誘われた俺が寝ていないのにもかかわらず、誘ってきた人たちが寝ているなんて。ちょっと、おかしいんじゃないですか? そんなに眠たくなるライブなら、俺を誘うな!
突然、俺の方に何かが襲いかかるような気配がした。
俺は咄嗟にしゃがみこんで、恐る恐るその何かが来た方を見た。
そこには舞台の上で、俺の方をまるで親の仇でもいるかのように睨みつけているベルデンハイムがいた。




