その4 桜澤さんとボークレイ
私は今、ボークレイとコーヒーを飲んでいる。
まさか、ボークレイと出会うとは思わなかった。
それと、ボークレイが甘党だなんて知らなかった。
今、彼が飲んでいるコーヒーも砂糖を10杯くらいかけてガムシロップをカップから溢れないくらい入れたものだ。
まぁ、それはここでは関係がないことだ。
私はなんとか桜澤家に関係する超能力者が営む喫茶店に呼び込むことができた。どうやら、彼は私の顔を知っていたらしく、私と話したいことがあったらしい。
うまく話の場に持ち込むことはできたが、正直、目の前の男と戦って勝てる自信はなかった。
そもそも、体格が違う。
勿論、桜澤家ではヒグマと戦う訓練もあったが、ボークレイはあのとき戦ったヒグマがテディベアにしか見えないくらい恐ろしく大きなオーラを身に纏っていた。まぁ、柊木くん程じゃないけど。
「なぁ」
いきなり、話しかけてきた。いったい、私に何を話すことがあるの? そもそも、ボークレイとは初対面なんですけど!
「その制服、エーイチと同じ高校のやつだな」
「そ、それがどうしたのかしら?」
エーイチ? もうそこまで親しい関係なの? いったい彼はボークレイとどんな関係なの?
「頼む! 俺をあいつに会わせてくれ!」
「はぁ?」
なんで? 二日に一度は会う関係なのでしょう? どうして、私があなたと彼を会わせなくちゃいけないの?
そう言いそうになったが、ここは冷静に彼の話の続きを聞くことにした。
「お前が恐怖のあまりあいつに近寄ることもできないことは重々承知している。だが、俺はあいつの攻撃を受けても倒れないくらい丈夫な人間になりたいんだ!」
「何を言ってるの? あなたはダイヤモンドを砕くくらい強いんじゃなかったの?」
すると、ボークレイは声を小さくしてボソボソと私の疑問に答えた。
「あいつの攻撃はダイヤモンドなんて比じゃない。突然、俺の頭に強烈な一撃を喰らわせるんだ。あれは人間が為せる技ではない。それこそ神かなんかの力のようにも思える」
そんなに彼が強いのか……。新しい情報が入ったわ。何しろ私の雇った探偵は決闘に近寄りたがらないものね。実際に戦った人の話が聞けてよかった。
いやいや、そんなことよりも気になることがあるじゃない!
「そもそも、どうして私を頼ろうとするのかしら?」
「ここ一二週間程あいつと連絡が取れない。電話しても着信拒否された」
「あんたが強くないから修行してから出直せって言われているんじゃないの」
私は適当に答えた。
「それなら、俺を弟子にしてほしいよ」
これは弟子にしてくれ、と言って断られたようね。
まぁ、これ以上危険な彼にこの町にいてほしくこの町にいてほしくはないからそれとなく諦めろと言いますか。
「あなたがそんなに勝てない時点で修行とかでどうこうできるような物じゃないのだけど」
「いや、超能力も鍛錬を積めば、強くなる。俺の硬化の力も昔はリンゴを握り潰すので精一杯だった。だが、今ではダイヤモンドを砂にできるくらいまでに成長したんだ」
「だから、そういうことじゃないって……」
「じゃあ、どうやってあいつは強くなったんだ!」
「能力の差でしょ」
あれ? そんなことも気づかなかったの? どうしてきょとんとした顔をしているのかしら? これ以上、彼と話すのも辛いし、もう少しだけ詳しく言ってさっさと帰ってもらいますか。
「正直、あなたの力はそれほど希少ではない。むしろ、鉄を曲げるくらいの硬さを持つ人なら、この世界には山ほどいるわ」
「だが、俺は努力してダイヤモンドを砕けるようになったぞ!」
「あなたが強くなったのは修行のおかげだっていうのはわかっているわ。だけど、この世界にはそんな努力なんて物を笑うような化け物もいるの」
私は続けてこう言った。
「あぁいうのは正直、相手にしない方がいいわ。私もあくまでこの町が桜澤家の管轄だから彼を監視しているのであって、戦って勝つために彼を監視しているわけじゃないの」
「そうか」
彼は短く答えると、突然、私に土下座した。
「それでも、俺にエーイチと会わせてくれ。ここに金もある」
彼は懐から巾着袋を取り出した。
どうせろくなものでも入っていないでしょうが、確認するか。
って、なんで金の延べ棒なの? 普通、巾着に入れるのは小銭とかじゃないかしら? なんで金の延べ棒なの?
「お願いだ。もし、今度負けたら、日本を出てアマゾンで修行する」
いやいや、どうして負けたら、アマゾンに修行に行くの? 意味がわからないのだけど。
「だから、頼む」
ボークレイの頼みに辟易していると、携帯が鳴った。私はボークレイに了解をもらってから電話に出た。
『お嬢様!』
「いったい何かしら? 隼」
隼はうちの護衛を担当する一族のものだ。探偵があまりにも役に立たないため、代わりに彼に柊木君の尾行を頼んだのだ。
『今、監視対象Hが“自爆魔”と戦闘に入りました。今、お嬢様のいる喫茶店から歩いてすぐのところです』
「案内してちょうだい」
『分かりました』
行き先を確認して電話を切ると、そこには期待の目を向けてくるボークレイがいた。
私は少し悩んでからこう答えた。
「あんたがついていきたいなら、勝手についてきなさい!」
「感謝する」
「あと、この巾着袋はうちで預かることにします」
「無論、そのつもりで渡した」
いったい彼はどんな戦いをするのだろう? 少し楽しみに思いながら、私はマスターにお金を払ってから、喫茶店の扉を開けるのだった。




