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2.狼生の第一歩

 たしっ、と四本の足で大地を踏みしめる。

 肉球に柔らかい下草が当たる感触を楽しんでから、爪で地を捉え、蹴る。

 思いのままに走れば耳元で切り裂かれた空気が音を立てた。驚くほどのスピードで迫ってくる障害物を、私は軽々とジャンプで避けて、着地と同時にくるりとUターン。

 そうして優雅に、元の場所まで戻ってきた。


(……くぅー!!)


 ああ! 最高に! 気分が良い!!

 運動神経が家出してるなんて言われていた運動音痴の私が! 風を切って走って! 障害物を飛び越えて! 格好良く立っている!!

 ビバ獣型への転生!! バンザイ獣型への転生!! もう運動音痴なんて呼ばせないわ!!


『シオンさーん、調整いかがですかー?』


 私が己の身体能力の高さに対する感動に打ち震えていると、羽音を一切立てずに金色の小鳥が目の前へ舞い降りてきた。

 全身がまばゆい金色の中、一本だけ青い尾羽がとても目立っている。

 これが、この世界でのウナ・ルガちゃんの姿なのだそうだ。


『バッチリ! 最高! ウナ・ルガちゃん天才!』

『えへへ、ありがとうございます。スキルとか使ってみました?』

『まだだけど、もう、こんなふうに駆け回れるだけで、すっごく満足だよー!』


 あのあと涙と鼻水を拭いたウナ・ルガちゃんは――ポケットのティッシュがそのまま残っていて良かったなと思った――、この世界に私が転生するにあたっての肉体を入念に準備してくれた。それはもう、当の本人である私がもういいよって止めに入るほど。

 狼型の獣が良いと願った私の希望そのままに、私は今、白銀の毛並みを持つ狼の姿でこの新しい世界に立っている。

 といっても、もちろん、ただの狼じゃあない。


『ダメですよぉ! せっかく、やりたいことができたとき困らないように色々特性やスキルを盛ったんですから! 追々でいいので、きちんと確認しておいて下さいね!』

『はーい』

『……シオンさんそう言って絶対確認しないクチでしょう』


 うぐう、バレてる。なんでだ。

 思わず言葉に詰まった私に、ウナ・ルガちゃんはため息をつくように小鳥の頭を下げた。


『……まあ、必要になってから確認するのでも構いませんけどね。《天狼》はそもそものステータスがどれも高いですから、たとえ戦闘になったとしても、瞬時にスキルを使わなければならないような事態にはそうそうならないでしょうし』


 私の今の身体は、《天狼》という、特別な狼のそれだ。

 超越種、と呼ばれる種族である《天狼》は、ウナ・ルガちゃんいわくとにかく強くて賢くてすごい狼なのだという。いや、ウナ・ルガちゃんは最初具体的に数値を出して説明してくれたんだけど、この世界での標準値を私が知らないものだからそれって大きいの? すごいの? を連発してしまい結局はそんなふわっとした説明になってしまった。大変申し訳ない。

 私は別にそこまですごい狼じゃなくてもいいと言ったのだけれど、ダメですシオンさまには絶対何不自由ない生活をしていただきたいんですとウナ・ルガちゃんが強硬に主張してきたので、この姿になったのだ。


 転生するにあたり、私はそうした肉体を巡るウナ・ルガちゃんとの話し合いの中で、いくつか条件を出していた。

 ひとつは、最初に言った通り、狼の姿になりたいということ。

 もうひとつは、できれば生肉やモンスターの肉はあまり食べたくないということ。

 そして最後のひとつは、シオン、という名前をそのまま使いたい、ということだ。

 この条件に合い、かつ、ウナ・ルガちゃんが納得するレベルの生き物というのが、《天狼》だったのである。


 超越種とは「生物の理を超越した種」という意味であるらしく、《天狼》もまたしかり。大気に満ちるマナ――魔法を使うときの力の源、なのだそう――を身体に取り込んでエネルギーに変えられるから、魔法の乱発や重度の怪我を負うなど無理をしなければ食事は年に数回でも大丈夫。また必ずしも肉である必要はなくて、果物なんかでも構わないという。

 名前については、《天狼》クラスの存在になると「名前付き」という特別なランクが存在するのだそうで、たとえば普通の生き物なら誰かが特別に名付けない限り「狼」とか「牛」みたいな種族名で一括りにされるところ、きちんと名前の付いた一個体として扱われるようになるのだという。だから私のステータスには、ただの種族名ではなくきちんと「【白銀の乙女】シオン」という名前が記されているのだ。

 ……名前の前に白銀の乙女、なんて付くのは嫌だったんだけど、最初ウナ・ルガちゃんに提案されたのは【白雪姫】だったから、それよりはマシになったと思いたい。多分。きっと。


『では、シオンさん。ひとまずはあちらの森の中にある湖に向かいましょう』


 それと、これも私がお願いしたひとつ。

 私を呼ぶときに、さま、を付けるのは止めて欲しいってことだ。

 だって、神様のウナ・ルガちゃんを私がちゃん付けで呼んでるのに、ウナ・ルガちゃんが私を様付けで呼ぶのはどう考えてもおかしいでしょ?

 というか、そもそも神様だなんて夢にも思わずちゃん付けしてしまったから、これからきちんとウナ・ルガ様って呼ぶよと言ったらお願いですから今まで通りに呼んでくださいとまた涙目で言われてしまったので、ならばせめてとこちらへの様付けを止めてもらったのだ。

 ウナ・ルガちゃんは、どうも大変低姿勢な神様であるらしい。


『湖?』

『はい。いくら超越種の身体が食事自体をあまり必要としないとはいえ、水分は必要ですし、水浴びをするにも水場の位置を把握することは大切ですよ』


 なるほど、もっともだ。

 今の私の身体……というか、毛並みは、それこそどこぞの雪山のように真っ白できらきらして美しい。だけど、野山を駆けまわって遊んでいれば絶対に汚れてしまうだろうし、なにより前世の感覚として一日一度は水浴びくらいしていたい。


『よーし、行くぞ! 私の新しい人生の、第一歩!』


 いや、もうヒトじゃないわけだから狼生か。おおかみせい? ろうせい?

 なんてたわいもないことを思いつつ、ウナ・ルガちゃんに導かれるまま、私は弾むような足取りで草原を駆け、森へと分け入った。

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