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まるち・てすためんと  作者: S・H
3/3

その3

「うわぁ、思ってたのよりすごいなぁ…」


館の内部は壁にかけられた高そうな絵や壺、きらびやかな装飾が施されており、想像のはるか上を行く内装だった。呆気にとられている俺とは対照的に、館の住人である月は得意気な笑顔をしている。


「でしょでしょ!ここが私がすんでる館、護霊館(ごりょうかん)よ!」

「ごりょうかん?」

「えぇそうよ。霊を護る館って書いて護霊館」


館の説明をしていた月とは異なる声が2階から聞こえ、そちらへと振り向いた。

振り向いた先には腰ほどまであるほどの長い紫の髪を携え肩や鎖骨部などが露出した黒のローブを着た女性がゆるりと階段を降りている様があった。


「あっ、(まつり)!」

「…あなたは?」

「私はこの館の主、宇津奇(うつき) (まつり)よ。よろしくね、生島旭ちゃん?」

「なっ、何で俺の名前を?月に名前を教えたのもついさっきだし、まだ話しては無かったですよね?」


自分は名乗ってもいないはずなのに、目の前の女性、本人曰く館の主である宇津奇さんが、俺の名前を知っていたことに驚いた。

そして宇津奇さんはそれに関してコチラが驚くのも想定内であるような表情を見せていた。

俺の反応を見ながら宇津奇さんは言葉を続けようとする。


「それはねぇ、私が」

「祀が魔女だからだよっ」


が、その前に月が彼女について話していた。

魔女、なるほど先程までの俺なら信じることは出来なかっただろう。

だが、今はヴァンパイアという存在がこの世には存在しているということを身をもって知っている。

だから然程驚くことなく次の言葉を続けることが出来た。


「魔女?…あのよく物語に出てくるあれか?」

「そっ!ここで皆が暮らせるように隠してくれてるのは祀なんだっ」

「説明してくれてありがとう、月。でも人が話している時に割り込んでくるのは感心しないわねぇ?」

「わわっ、ごめんなさいっ!ついっ!」

「…まぁ、月が話してくれたように私は魔女なの。だからちょっとした魔術を使えば貴方の事もわかるってこと」


自分が話したかったのか、少しご立腹の様子の宇津奇さんに対し、月は手を合わせて謝っている。

流石に住まわせてもらっている以上、力関係的には宇津奇さんのほうが上らしい。

そもそも年齢的にも宇津奇さんのほうが上のように見えてはいるから、当たり前といえば当たり前なんだが。そんな月を横目に宇津奇さんは更に俺のほうへと近づいて来ており、そのまま俺の疑問に対する答えを述べてくれた。


「例えば…さっき貴方達が話してた内容を聞いたりすればね?」

「聞いてたんですかっ!」

「もっと詳しく言えば、貴方達がキスしている所も見てたんだけどね?」

「見られてるとはっ!…っというよりそんなことしないで欲しいんだが」

「まぁまぁ、貴方と会うのは今日が初めてだったんだし、どんな人かちゃんと見てないといけなかったから。仮に貴方がとっても怖い子で、月を傷つけるようなことをする子だったら…この子をここで住まわしている彼女の親に顔向けできないでしょ?」


宇津奇さんの言うことはもっともだ。

聞かれていたり、見られていたりしたのは恥ずかしいが、それよりも彼女のことのほうが間違いなく大事だ。


「まぁ…そうですね。確かにその通りです」

「分かってもらえたようでうれしいわ。私も新しい入居者を迎える前にごたごたしたくはなかったしねぇ」

「でも、本当にいいんですか?ここで住まわせてもらっても」

「えぇ、かまわないわ。荷物も後で旭ちゃんのうちから運び込んじゃいましょ?魔術を使えばあっという間だから」

「あ、ありがとうございます」


魔術で運べるなんて凄いな魔術!科学は随分と発達しており大抵のことは出来るようになっている世の中だが、こういう自由度の高さでいえば、やはりファンタジーな能力の魔術のほうが期待できる。


「良かったな、旭!」

「あぁ、月のおかげだ。ありがとう月」

「えへへ~」


月の頭を軽くなでてやると嬉しそうな笑みを浮かべていた。

一応年上ではあるためまずい事をしたかと思ったが、どうやら杞憂ですみそうだった。

そんな様子を見ながら宇津奇さんもくすくすと笑っている。


「うふふ、月が喜んでて何よりだわ。でもまぁ普通は人間はここには入れたりしないんだけど…貴方は特別よ、旭ちゃん?」

「特別?」


特別というワードに耳がひかれる。

ヴァンパイアや魔女など普通の人間とは異なる存在がいる以上、おいそれと人間を招き入れるようなことは難しいはずだ。

だが、こうして俺を招き入れてくれていることが、俺自身も不思議だった。

だから、これから語られる事はとても重要なことなのかもしれない。そういう心持ちで聞いていた。


「だって貴方は月が始めて連れてきた男の子ですもの。こんな話彼女の親からも聞いたこと無かったから私も、彼女の親もテンション上がってるのよ!うふふふふっ」


が、全然どうでもいい話で緊張感も一気に消えうせてしまった。


「ちょっと祀!お母さんにももう伝えてるのっ!?」

「えぇ。可愛い娘の動向に関しては変化があり次第すぐに伝えて欲しいって彼女からの伝言だもの」

「もー、お母さんったら…恥ずかしいんだから」

「うふふっ、彼女も喜んでたわよ?…ただ」

「ただ?」

「おばあちゃんになるのはまだはや」

「ちょっと待ってください!俺そんなことしませんって!」

「ばっ、馬鹿じゃないのお母さんったら!わたしと旭はまだそんな関係じゃ…」


宇津奇さんの発言とほぼ同時に俺と月は突っ込んでいた。

まさか初対面の相手にいきなりこんな話をされるとは思ってもいなかった。

動揺を隠せていない月に対して宇津奇さんは更に畳み掛けていく。


「まだ?っていうことは…」

「そういう揚げ足取るようなことやめてやってくださいよっ」

「ふふふふっ、若い子をからかうのは本当に楽しいわねぇ。…改めて護霊館へようこそ。歓迎するわぁ」

「はい、よろしくお願いします」


深々と礼をする俺に対し、宇津奇さんは笑いかけると自分の前で拍手を1つ叩き、俺と月へと目配せした。


「さっ、じゃあ荷物運んじゃいましょうか?」

「おー!がんばろー!」

「月も付き合ってくれるのか?もう結構ってかかなり遅い時間だぞ?」


気づけばもう2時前だ。眠っていてもおかしくない時間だが…


「何言ってるの?私これからが一番元気な時間だよ?頼りにしてくれていいよ~」


夜が本番のヴァンパイアの彼女にとっては愚問だった。胸を張って自信満々にしている彼女だが、身長150cm前後の少女が得意気にしている風にしか見えず、なんとなく面白かった。その振る舞いに自然と俺も笑みがこぼれる。


「そういえば、そうだったな。よろしく頼む」

「任された~!」

「なんだか随分騒がしいなぁ、一体どうしたのさ?」

「あら、夏子(なつこ)ちゃん。起きて来たの?」


またコツコツと階段を降りる音とコチラへ向かって声が聞こえてきたため振り向くと、同年代くらいの女の子が見えた。茶髪でショートカット、薄手のシャツとショートパンツを履いており、少しだけ眠たそうに目をこすっていた。


「こんだけうるさかったらそりゃね…ってかアンタ誰?」

「あ、あぁ俺は生島旭。今日からここに住まわせてもらうことになったんだ、よろしく」

「ふーん…」


夏子と呼ばれる少女は俺に近づくなり鼻をすんすんと鳴らせて匂いをかいできた。

向こうはなんとも思っていないだろうが、距離が近いため少しどきどきする。


「な、なんだ?」

「あんたいい匂いすんね?煮物とか魚のにおいがする」

「今日バイトで魚料理とか運んでたからか?っというかわかるのか?」

「うち、猫又だから鼻が利くんだよ。あんたが人間ってのもすぐ分かったよ」

「なるほど…」


今度は猫又か…。猫が長生きするとなる妖怪って聞いたことはあるが、見た目的にはとても長く生きているような風には見えない。生まれつきの猫又なんてのもいるんだろうか?まぁ、月も見た目は俺より幼そうに見えたが、実際には年上だったし、見た目では分からないものなのかもしれない。


「うーん、それにしてもいい匂いだねぇ、今度持って帰って来てよ。うち、魚とか和食好きなんだ」

「わかったよ、えーっと…」

三池夏子(みいけなつこ)、好きに呼んでいいよ」

「あぁ、よろしく三池」

「んっ、よろしく。で、これから荷物運びすんの?」

「えぇ、夏子ちゃんも良かったら手伝ってあげて?明日は学校休みでしょ?」

「あー…そだね。めんどくさいけど乗りかかった舟だし手伝ったげるよ」


三池は少しだけ思案するような表情を見せるが、軽く一伸びし手伝いを引き受けてくれた。


「すまない、助かる。つっても実際どんな風にすればいいんですか?」

「必要な物をダンボールとかでまとめてくれれば、後は私がこちらへ転移させるから。とりあえず家に戻って箱に服とか色々詰めてもらえる?」

「わかりました」

「連絡先は月が知ってるから終わったら私に連絡頂戴ね?じゃあ三人ともいってらっしゃーい」

「へっ…うぉぉぉっ!」


宇津奇さんの声と同時に自分の立っていた場所の床がぽっかりと空いた空洞になり、そこに吸い込まれるように落ちていった。

辺りは自分の近くは見えるが、ほぼ真っ暗でただただ落ち続けている感覚がする。二人はこの感覚には慣れているようで特に動じたりはしていないようだった。

程なくして、下方向から光が見えてきた。


「っとっとっと!」


着地の瞬間は長いこと落ちていた感覚の割にはそれほど衝撃は無かったが、少しだけバランスを崩しそうになった。なんとか体勢を立て直すと見慣れた景色が眼前に広がっていた。


「とうちゃーく!へぇここが旭のおうちかぁ」

「綺麗な家だね?ってかなんで急に引っ越すことになったのさ?」

「色々事情があってな…」


俺の家に興味津々な月、そして至極当然な疑問を投げかけてきた三池に対して俺はそれとなく現状を伝えた。伝えていくうちに三池の表情が徐々に不快感を帯びた表情へと変わっていく。


「…うわぁ…酷いもんだね」

「あぁ…今までも酷いとは思ってたが、今日で余裕でワースト更新した」

「まぁ、いいことあるよっ!これからは女の子沢山のうちで暮らすことになるんだしっ!」


改めて酷い状況であったことを再確認しやや気落ちしている俺へと月は明るく振舞っていた。

気を遣ってくれてるんだろうか?もしそうならあまりくらい顔をし続けても仕方ない。


「ありがとな」

「えへへっ、どういたしまして」

「はいはーい、ちゃっちゃとしよ。うちも明日休みとはいえ早く家帰って寝たいし」

「悪い。じゃ、こっちに来てくれ。俺の部屋へ行こう」


二人を二階の俺の部屋へと案内する。俺は自分の家に友人を呼んだことは少なく、来たことがあるのは精々、秋穂を含めても数人程度だ。月と三池は部屋へと入ると、六畳一間の部屋の中をきょろきょろと見渡している。


「男の子の部屋って初めて入った!…けどあんまり物が無いね?」

「まぁ、俺そんなに物欲ないしなぁ…そもそも買うだけの金が無かったってのもあるが」

「やめよこの話、なんか聞いてるとどんどん不憫になってくるから」

「すまん…」


ところどころで不意に出てしまう貧乏トークが情けなさをかもし出してしまう。それに毎回フォローをくれる三池は良いやつなんだろうと思う。


「でもでも~男の子なんだからあれの1つや2つあるんじゃないのかなっ?」

「あれ?あれってなんだ?」

「それはもちろん、エッチな本だよっ!」

「はぁっ?」


突然の月の発言に驚きを隠せなかった。まさかこんなことを言われるなんて思っても無かったからだ。

学校に通っている時だってそういう話をしたことは無かったし、一番仲が良い女友達である秋穂にだって冗談でも今まで言われたことが無かった。だから正直言って俺自身にはそういう免疫は全く無かった。

…もちろん興味が無いわけではないんだが。


「だってだって健全な男性は1冊くらいはもってるって聞いたよ!」

「そうなの、旭?」

「いや、知らんが…生憎と期待に添えなくて申し訳ないがうちにはそういうのはねぇよ」

「えー、ほんとうにぃ?」


俺の話していることを疑っているのか、それともただからかっているのか、月はニヤニヤしながら俺の様子を伺っていた。俺は1つ息を吐くと、手をぷらぷらと振りながら片付けの為にそっぽを向く。


「好きに探してくれて構わんぞ、俺は片付けしてるから」

「はーい!さーて、どこさがそっかな~」


俺の、ありもしないお宝本を探すのに夢中な月とは対照的に三池は俺の傍に立っていた。


「うちは何すれば良い?」

「じゃあ、俺が渡す服を箱に入れてもらって良いか?」

「わかった」


そこからは暫く服の箱詰め作業に追われていた。

元々衣類ボックスの中に入っていたものをクローゼットの奥から出し、同じく奥に入っていた片付け用の段ボール箱を組み立てて、三池へと服を渡していった。

黙々と作業に取り組みおよそ1時間が経過した頃には、概ね片付け作業も終了していた。

一方の月は見つからないので流石に飽きたのか、途中でダンボールを俺から受け取り、本棚の本を詰める作業を行っていた。


「ふぅ…こんなもんでいいかな?お疲れ様、三池、月」

「うん、お疲れ」

「お疲れさま~、こっちももうちょっとで終わるよー」

「あぁ、ありがとな二人とも。俺、ちょっと飲み物とって来るわ」


そう言って階下の冷蔵庫へと向かう。


「この家ともお別れかと思うとなんか少し寂しい気もするな…」


一緒に暮らしていたのがあんな両親だったとはいえ、人がいなくなって広くなった家を見ると物悲しい気持ちになる。それに迷惑をかけられたことも多々あるが、あれでも良い思いでもあるのだ。…かといってすぐには許せないだろうが。


「あーっ!」


二階から月の大声が聞こえてくる。何かあったのかと思い、準備していた飲み物は置いたまま急いで階段をかけ上がり、部屋へと飛び込んだ。


「どうしたっ月!」

「あったー!」


そこには本を高らかに頭上へと掲げる月と、その様子を呆れて見ている三池がいた。


「……はぁっ!?」

「ふっふっふっ…こんな本持ってたんだね~あ・さ・ひ」


月はニヤニヤと笑みを浮かべながら俺をからかうかのように自身の持っている本を突きつけてきた。

確かに表紙には色々といやらしい文字が書かれており、まぁ良くあるエッチな本であるというのは簡単に分かった。だが、俺は実際に隠していたわけではなく、その本も今、月に見せられて初めて見たのだ。とはいえ、俺の部屋で見つかっているという事実に少なからず動揺してしまう。


「そんなもん俺はしらんっ!」

「とぼけなくて良いんだよ~、男の子なら持ってるってお母さんも言ってたし!」

「お前は母親と一体どんな会話してんだよっ!」

「どれどれ~中を見させてもらおうかな~」

「やめとけ、ばかっ!」

「…んっ?何か落ちてきた」


本の中身を見ようとする月を止めようと近づいた。と、同時に本の隙間から一枚の紙が落ちてきた。

落ちてきたものを咄嗟に拾うと、中にはこんな文章が書いてあった。


(父さん秘蔵のエッチな本だぞ?お金は無いからこれだけ残してくな!楽しんで使えよ、旭! 父より)

「あ~の~や~ろ~う~~!!!!!」


最後の最後まで碌なことをしない父親だと、俺は怒りのあまり真夜中に叫んでしまった。






「はーい、お帰りなさい」

「ただいま~」

「…魔法、ありがとうございます」

「あら、なんだか随分疲れた顔してるわね?お風呂でも入ってきたら?」

「…そうさせてもらいます」


自宅での一悶着の後、月が宇津奇さんへと連絡をしてようやく家へと戻ってこれた。

荷物は俺の部屋へとそのまま送ってくれたらしい。

部屋へと案内してもらった後、俺は着替えだけもって浴場へと向かった。

10人は余裕で入れそうな広めの脱衣所で服を脱ぐと、浴室へと入る。


「結構広いなぁ…ホテルの大浴場みたいだ」


こちらもまた随分な広さの浴室だった。泳げそうなくらい広い浴槽に、何人も同時に使用できる洗い場。

外観にふさわしいつくりとなっている。俺は洗い場で身体を流すと、ゆっくりと浴槽に使った。


「ふぅ~良いお湯だ~」


思わず息が漏れる。程よい温度のお湯で、今日一日の疲れも吹っ飛びそうだ。


(帰り道で女の子を助けて、キスされて、親に借金を預けられて見捨てられ、その上昼間に助けた女の子に助けられ、その子はヴァンパイアで、そういう存在がこの世界にいるって知って、豪華な館に引っ越すことになって、家でオヤジのエロ本見られて…改めて考えると本当に酷い一日だった…でも、宇津奇さんも三池も良い人みたいだしなんとかやってけそうだな。それに…)


「月には頑張って恩返ししないとな…」

「なになにっ!わたしの話?」


1日の振り返りと共にふとこぼれ出た独り言へ、まさかの返事が返ってきて俺は思わずお湯を飲んでしまった。落ち着いて声のするほうへと振り返ってみると、そこには身体をタオルで巻いた月が立っていた。


「なっ、なんでここにいるんだよっ!」

「なんでって…お風呂入りたかったから?」

「にしても、俺が出るまで待ってくれててもいいだろっ!男と女で一緒に入るだなんて!」

「え~、待ってるの嫌だったんだもん。別にわたしそういうの気にしないし。それに…」


月は俺の言葉も無視し、徐々に俺へと近づいてくる。湯船の端のほうまで後ずさりしているが、それでもゆっくりと距離は詰まっていき、そして…ほぼ身体が触れ合う距離となった。月の指が、吐息が俺の肌へと触れてくる。先程までの明るい天真爛漫な彼女とは全く違う姿に、自然と鼓動が早まり、思考も落ち着かず、身動きが取れない。


「な、なんだよ…」

「旭は、私に恩返ししたいんでしょ?だったら私の言うこと聞いてくれてもいいんじゃないかな?」

「そ、それは……」

「ねぇ…背中…流してくれる?」


月は俺に抱きつき、そして耳元で息を漏らしながらつぶやいた。

そしてここで俺の限界が来た。


「そ、それとこれとは話が別だーっ!」


俺は月の肩を両手で押して距離をとると、すぐさま立ち上がり浴槽から走って出て行った。


「あっ!……もうっ…ちょっとくらい一緒にお風呂入ってくれてもいいじゃない…ケチ」


浴槽へと残るのは少し残念そうに、旭の後姿を見送る月だけだった。








「はぁはぁはぁ…疲れ、とろうと思って、入ったのに…なんでこんな目に…」


脱衣所でささっと服を着るとすぐさま自分に宛がわれた部屋へと戻りベッドへと倒れこんだ。

月の突然の行動に動揺しっぱなしの俺は、息も乱れて脈も速いままだった。

とりあえず深呼吸を繰り返し、落ち着けるところから始める。

数回繰り返してようやく、平常時へと戻ることは出来た。


「…ふぅ、なんだか一晩で色々ありすぎたな…」


波乱万丈な一日の締めくくりに、まさかこんなことが起きるとは思っても見なかった。

部屋の天井の模様を見ながら、今後への不安が頭をよぎる。


(これからは今日みたいなことが無ければ良いんだが…無理な気がするなぁ…)


「もう5時とは……とりあえず寝よう…」


数時間も寝る時間は無いが、少しでも身体を休めたい。

こうして俺の一日は幕を閉じた。

そして、この日が俺の非日常への幕開けの日であった。





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