その2
「ふぅ…なんだか一晩で色々ありすぎたな…」
もう気づけば夜中を回って午前5時、もうあと3時間も経たないうちに学校へと向かわなければならない。
さて、どうしてこんなことになったのかは少し前、月との話まで遡る。
「…養ってくれる?ってどういうことだ?お金なら今見てた通り持ってないんだが」
「昼間、ご飯食べさせてくれたでしょ?」
「ご飯って……えぇっ!もしかしてあのキスのことか!?」
「そう、あんな風に毎日食べさせてもらえると嬉しいなっ」
(見た目年下の少女に上目遣いでキスをねだられるなんてどんなシチュエーションだよ…それにあんなのがご飯ってまるで意味がわからん…)
「あのさ、正直俺も全然状況が飲み込めてなくってだな…」
「うん、別に今すぐに返事してくれなくてもいいよ?だってお兄さんの気がすまないって言うから頼んだことだし」
「いや…そもそもキスがご飯ってどういうことだよ?」
「そっか、まずはそこ教えてあげないとだね?」
彼女は1つこほんとわざとらしく咳をつくと、自分の胸に手を当てた。
そして驚愕の一言を俺へとぶつけてきた。
「わたし、ヴァンパイアなの」
ん?待て、この少女は今何て言ったんだ?
目の前の少女の発言が上手く頭の中で処理できない。
ヴァンパイア。ヴァンパイアと言ったのか?
「ねぇ、お兄さん。ヴァンパイアって知ってる?」
「ちょ、ちょっと待ってくれ!」
「えー、なにを待つの?」
「今頭の中で必死に整理してんだよ!もうちょっとだけ時間をくれ!」
「ぶーぶー、そんなに変なこと言ってないよ?わたし」
(いやいや十分どころか十二分に変だろ!)
ヴァンパイアといえば西洋の妖怪だ。
血を吸い自らのエネルギーを得ると言われている不死の存在。
ヴァンパイアを題材にした作品はいくつも存在し、あまり物を知らない俺だって知ってるほど有名だ。
「なぁ、ヴァンパイアって血を吸ってエネルギーにする妖怪だよな?」
「うん、せいかーい!」
「でも、俺昼間は血は吸われてないと思うんだが…」
「あー、最近のヴァンパイアはね、血を吸わなくても生きていけるようになってるんだって」
「は?」
「お母さんが言ってたんだ、だってそうじゃないと今の世の中生き辛いでしょ?私達も人間にまぎれて生活してるんですから!だって!」
「は、はぁ、なるほど」
指をびしっと立てて俺に向けている。
その仕草は彼女の振る舞い方とはマッチしておらず、どうやら誰かの、彼女の言葉通りなら、彼女の母親の真似をしているようだった。
「ってヴァンパイアって人にまぎれて暮らしてんの!?」
「そうだよ?皆ばれないようにこっそり生活してるんだー」
「そうなのか…」
驚愕の新事実が浮上してきた。
俺達人間が暮らしている現代において、こんなファンタジーな存在が自然と紛れているだなんて…
そしてそれが、昼間助けた少女であり、俺の前で自分の正体について語っている。
正直な話、そんなことはありえないと思う自分もいる。
普通だったらそうだろう。今の時代、そういう空想の生物の存在は否定されているし、それに対して俺自身も同意見だ。
だが、助けてくれた彼女が嘘を言っているようにも聞こえないし、昼間や先程の件もあるのだ。
思い当たる節のない急激な倦怠感。
自分より幼い少女が見せた氷のような殺気。
あれが普通の女の子に出来るような芸当ではないことくらいわかる。
「…じゃあなんで昼間あんなとこで倒れてたんだ?ヴァンパイアって確か夜の妖怪で昼間とかは駄目なイメージがあるんだが…」
「うーん、それはね……私ここに引っ越してきたばかりで辺りを見てみたかったの。だからフラっーと出てきたんだけど、思ったより日差しが強くてそれで…」
「はぁ、やっぱり日差しはあんま得意じゃないんだな」
「うん、しっかり準備しておかないとすぐにあんなふうにエネルギー使い果たしちゃうの……だから、今日は本当にお兄さんのおかげで助かったの。ご飯食べれたから元気になってちゃんと戻ってこれたし!」
ある意味自分の身が危なかった話だろうに、何故この子はこんなにも元気なんだろうか?
昼間よりも活発さが目立つし……
「もしかして夜だから昼間より元気なのか?」
「ん?いきなり何?」
「あぁ、気を悪くしたならごめん。昼間はあんなに物静かな雰囲気出してたのに、今はこんなに元気よさそうにしてるしさ」
「さっきお兄さんも言ってたけど、私たちってやっぱり夜の妖怪だから夜のほうが活動しやすいんだよね?お兄さん達人間は昼間が元気で夜は寝ちゃうでしょ?私達はそれがひっくり返った状態だから」
「あー、普段なら当たり前のように寝てる昼に、わざわざ起きて動き回ってるってことだもんな。それは確かにしんどいわ」
生活スタイルが完全に異なる以上、仕方の無いことなのかもしれない。
人間も眠たい真夜中に起きて元気に行動するっていうのは、その生活を普段から行って昼夜が逆転しているような人でなければ苦しいだけだ。彼女もそのような状態だったんだろう。だからこそ、今は元気に活動しているわけだ。
「特に今日は月が綺麗に出てるから…」
「月?」
「うん!私、月大好きなんだよね!名前も月って言うくらいだし!」
「月…」
確か中国語で月のことをユエと読んだはずだ。
どうして西洋の妖怪の名前を中国語呼びするかは分からないが、確かに彼女の姿に良く似合っている名前だと思った。
月光を浴びた白髪は透明度を増しているようであり、夜の闇とは対照的な淡い黄色の瞳も月光を反射し輝きを見せている。
「…うん、いい名前だ」
「…えへへ、ありがとうお兄さん」
年相応?なのかはわからないけど、見た未相応な無邪気な笑顔を見ていると…彼女の言葉を疑う気もうせてきた。なにより、助けてもらった礼をするといったのはコチラのほうなのだ。
そろそろ決めるところは決めておきたい。
「なぁ、さっきの話……引き受けるよ」
「っ!ほんとっ!?」
「あぁ、助けてもらったのは事実だしな。俺が助けられることなら何でもするさ」
「ん~~、わーい!ありがとー!」
「うぉっ…っと!」
月は大きくその場でジャンプし、着地すると喜びのまま俺へと飛び込んできた。
あまりの勢いに少し後ろへと下がるが何とか抱きかかえることが出来た。
「へへえ、ごめんね」
「いや、大丈夫だ」
「そうだ!そういえばお兄さんの名前ちゃんと聞いてなかった!いつまでもお兄さんじゃ嫌だし名前教えて!」
「俺の名前は生島旭だ。よろしく…月ってよんでいいのか?」
「うんっ!よろしく、旭!」
彼女はそういうと不意打ち気味にキスをしてきた。
昼間とは異なり一瞬だけであったが、脳がぐらつき、わずかな倦怠感が押し寄せる。
「えへへ、ご馳走様!」
「…お粗末さまでした。…全く、昼間と良い随分不意をつくのが上手なんだな?」
「勿論!私これでも20歳のレディだもん!駆け引きも上手なのよ?」
「えっ、月、俺より年上なの?俺のことお兄さんって言ってたしてっきり年下かと思ってた」
「むぅ、何よその反応!失礼しちゃうわっ!丁寧に言ってあげてただけなのに」
「ははっ、悪い悪い」
「もうっ!…で、旭はこれからどうするの?」
「あっ…」
月の発言で思い出してしまった。
家はあの馬鹿両親のせいで借金の返済にとられてしまっている。
つまり、帰る家が無いのだ。
せめて、服などの私物くらいは持ち出させてもらいたいものだが…それも可能かどうかわからない。
「どうしよう…俺、家もなくなったし帰るとこが…」
「そうなの?じゃあ、ここに泊まる?」
「ここって…これのことか?」
月はある場所を指差している。
その指差す方向にあるのは、そう、ぼろぼろになっている廃館のみである。
まぁ確かに雨風はしのげそうだが、流石にここに泊まるのは勇気がいりそうだ。
「…まぁ、背に腹には変えられないか」
「なに、やっぱりいや?」
「いや、流石に今までの生活とは環境が違いすぎるからちょっと面食らっただけ。うん、でもホームレスよりはマシだもんな」
「何を言って……あー、そういえばここって外から見ると結構酷く見えるのよね?」
「え?中は意外と綺麗とかそういうこと?」
「まぁ、ちょっと待ってて!」
彼女はそう言うや否や、俺のほうに向かって一言、二言つぶやいた。
そして俺の腕を引いても門へと引っ張って行く。
「さぁ、いきましょう!」
月のされるがままに門を通り抜けていく。
すると、先程まで見ていた風景とはまるで別のものが飛び込んできた。
蔦やガラスの割れた窓など1つも見当たらず、見るからに綺麗で豪華な館が目に入ったのだ。
部屋のいくつかからは明かりもこぼれてきており、電気も使用しているのが分かる。
「こ、これは…」
「こんなのがあると結構目立っちゃうでしょ?だから結界を張って外の人は本来の館には入れないようにしてあるの!」
「そうか…本当にすごいな。今日は驚かされっぱなしだ…」
「ふふ、部屋は空いてるから多分大丈夫だと思うの。一応管理人さんや他にすんでる人もいるし、これから挨拶してみよ!」
「…あぁ、わかった。お願いするよ」
「任せて!旭は私を養ってくれる大切な人なんだから!」
笑顔で俺の腕を引く彼女に任せて、俺はその洋館へと足を踏み入れていった。