永遠に誇れる人生を
以前書いていた未発表作品の番外編として書いた短編です。
2015年2月執筆。
私は、マルスベルクという、キャロット王国の端の深い森の中にある村で生まれた。マルスベルクは太陽の光があまり当たらず一年中寒い気候であった。それでもほどほどには栄えていた。
私の家は、経済的に困ることはなかった。父は村の長の使用人として働いている、と母から聞いたことがある。父は家にはいなかった。亡くなったのではなかったようだが詳しくは聞かされていなかった。私の家族は母と三つ下の妹だった。妹が生きていれば、今頃リーツェルぐらいなのだろうかとふと思う時がある。血の繋がった妹がリーツェルのような事をするのを想像すれば微笑ましい。
話は戻る。母も妹も、美人だった。父の顔は知らないが、案外普通なのではないかと思う。私は幼い頃から母に村を出てはならないと言われていた。その約束を破った事は一度もない。外に興味がなかった訳ではないが、態々破ってまで行きたいとは思わなかった。
私は、友達が少なかった。大人数でわいわい騒ぐのが嫌いだったというのも、あるのかもしれない。その頃のあまり仲良くなかった友達に「君は違う」とよく言われたのを覚えている。六、七歳の頃だっただろうか。単なる仲間外れなら構わないのだが、私は一度だけ私が皆と違う理由を知りたいと思ったことがあった。そんな時、隣に住む少女に尋ねてみた事がある。
その子は私の数少ない友達だった。たまにお節介だが、頼れる存在だと思っていた。その彼女は「オッドアイは世界を不幸にするという伝説があるのよ」と教えてくれた。
その伝説が、マルスベルクの伝説という物だった。
確かにマルスベルクの伝説内では、黒ずんだ髪を持ち、両目の色が違うと話されている。今思えば、母や妹、友達は、オッドアイじゃなかった。私だけが違ったのだ。
八歳になった日、私は初めてマルスベルク人ではない人間を見た。金髪の男が隣の家から出ていくところだった。その後ろには、何故かその家の家族が連なっていた。その光景に私は違和感を覚えた。
その次の日が、長い長い悲劇の幕開けだった。
朝目を覚ますと、大きな音が鳴り響いていて、窓からそっと外を見た。 広がる光景を見た私は愕然とした。ガラス越しとはいえ目の前で、殺しあいが起きている。余りの唐突さに私は言葉を失って立ち尽くした。
それからは、毎日がそんな日々だった。
一歩外に出れば銃弾の飛び交う地獄の様な戦場、外に出ることも難しかった。迂闊に外へ出ていけば死んでいただろう。
半年が経過すると、マルスベルク人はほとんど消えた。
抵抗し勇ましく戦った者は命を落とし、家にいた者は連行された。彼らは捕虜状態である。
私の家に彼らが入ってきたのは、雪が溶けて新芽が生え始める春頃だった。母や妹と共に私も拘束され、未だに一度も戻る事のない我が家を後にした。母と妹は一般の収容施設に入れられたが、私は個室だった。
その数日後、母と妹が殺されたと知らせを受けた。
もうその時の私に希望はなかったのだが、不思議と死にたいとは思わなかった。
その代わり、母や妹を殺した人間を、この手で葬ってやれろうと決めた。
私はその次の日、フライ王子に初めて会う事となる。隙あらば、即座に攻撃してやろうと思っていた。
訪問してきた彼に出会って一番に思った事は、「若い!」だった気がする。想像していた姿とは全く違った。民族を皆殺しに出来るような奴だ、きっと外見から極悪に違いない。そしてそんな権力を持っているのだから恐らくおじさんだろうと思っていた。しかし目の前にいるのは、二十歳にも満たないような男ではないか。
彼はまずフライと名乗った。それから「君の目は綺麗だ。だから私の側近になれ」というような内容のハチャメチャな事を言われた。私は呆れた。
フライ王子と私が話していたのは、そんなに長くない時間だった。短い時間ではあったが、悪いだけじゃない、彼からは優しさも漂っていた。始めはそんな気は全くなかったのだが、私は結局、彼の手をとった。こうして私は、フライ王子の側近になる。
時の流れはあっという間なもので、気がつくと夏になっていた。
フライ王子は、私を色々なところに連れていってくれた。
村しか知らなかった私には、キャロットの城下町は広すぎた。広すぎたが、輝いて見えた。暑い気候にはてこずらされたが、次第に慣れていった。
フライ王子と出掛ける時は、いつもリーツェルが横にいた。二人きりという事は滅多になかったように思う。リーツェルはその頃から、いつも私をいじくって楽しんでいた。彼女がくすくすと愉快そうに笑うのを見ると、時折妹を思い出した。
その年の秋頃、私は王子に想い人がいることを知る。
城には沢山の女性がいる。どんな女性にも、彼は平等に高圧的に接していただけに意外だった。
その想いの人はナタリアという、王子より少し年下ぐらいの女性であった。整っているが強気な顔の為、私はどちらかというと苦手だった。毎日毎日…シェルヴィッツが彼女の喫茶店に行き、ナタリアを城へ連れてきた。フライ王子には厳しく断る態度をみせていたが、私達には特に害のない人だった。
ある日を境に、ナタリアは来なくなった。処刑でもされたのかと思ったがどうやら王子をふったらしいと風の噂で聞いた。遂にナタリアを諦めたのだろうと思っていた。
今思えば、この頃が一番幸せだったのかもしれない。
生きる希望もない。愛する家族もいない。脳内を行き来するのは、いつ誰を消してやろうかという事と、私はいつまで生きていていいのかという事だけ。そんな私だったが、少しずつではあるが変わり始めていた。
家族もマルスベルク人も、もう皆いなくなってしまった。だけど、今私は生きているのだ。偶然救われたこの命を、無駄にするべきではないと思うようになっていた。フライ王子は憎い相手の筈だったのに、いつからか私は彼を尊敬していた。私の命を助けてくれた彼に、何かお返しをしたい。その為に私は生きようと決意した。
私は九歳の誕生日を迎えた。初めてマルスベルク人以外の人間……恐らくキャロット人を見た日から一年が経過していた。フライ王子とリーツェルと三人だけで、誕生日会が行われた。私は幸せだった。その特別な幸せが、徐々に当たり前になりつつあった。気まぐれな王子も、差別階級という言葉を連発する困ったリーツェルも……私の家族に近かった。
その時の私は考えもしなかったのだろう。破滅へと向かっているという事など。
フライ王子はある日、隣国の王女・ブラウンを拐ってきて、牢獄へと入れた。そこが終わりの始まり地点だったのだろうか……と今こそ思う。その理由は宣戦布告をする為などではなかった。単純にナタリアに似ているから。それだけだ、と彼は教えてくれた。毎日のように彼女のいる牢へ行き、嫁になれと口説いていた。その様子を見てリーツェルが嫉妬していたのが懐かしい。私はついこの前まで、ブラウンという名前しか知らなかった。会った事もたったの一度もなかった。忘れているのではないと思う。美女だというのは王子から聞いていたが。
数日後のお昼頃、私が城の裏で植木鉢の手入れをしている時に、リーツェルが青い顔をして駆けてきた。いつも挑発しに来る時とは、明らかに違った。
その彼女から、フライ王子の訃報を聞いた。
その後はバタバタして忙しくて、はっきりと覚えている事はない。また私は失った。それから彼が大切な存在であった事に気付くが、もう遅かった。絶望はしなかった。その頃に大人だった使用人によると、私は意外と落ち着いていたらしい。あまり記憶がないが……。
唯一覚えている事というと、夜な夜な泣き続けるリーツェルを慰めようと、完徹していた事だけだ。
彼女が私に嫌味を言わなかった期間だった。
彼女は私が守りたい。守らなければいけない。いつもいつも、大切な人を守れない私は、もう卒業したい。暫くしてフライ王子の姉・セルヴィア王女に引き取られた私達は、今までと少しだけ違う部屋で、また新しい生活を始めたのだった。今では夜間はセルヴィア王女の自室に入れないが、生活は変わらない。穏やかな日々が続いている。
セルヴィア王女も、フライ王子とどこか似ている。
違う点は威圧的でない事だろう。穏やかな笑顔が素敵な女性だと思う。
王女とは思ったより長い付き合いになった。もっと早く捨てられるかと思ったが、そんな事はなかった。リーツェルもまだ生きており、ついには今年、十七になる。可愛らしい所もあるが嫌味がレベルアップしてきた気がする。しかし嫌味さえも微笑ましく思える。
時折傷つく発言もあるが、それでも構わないと思っている。生きていてくれるなら構わない。彼女は先輩だが…妹のようなものだ。年下だし。これからも嫌味を言って欲しいと思う。大切な人なのだ。
この前、隣国のマッシュルーム王国と同盟が結ばれた。セロリ連邦が攻めてきたからという事らしい。そっち方面は、私にはあまり分からないのだけれど……。
時代はまた変わろうとしている。穏やかな日々が終わるかもしれないと思うと、不安がないわけではない。
今度こそ守ってみせないといけないと思う。もう子供じゃないのだから……。
そうすればきっといつか、家族にも王子にも、胸を張って会える。そう信じている。
大切な人には笑っていて欲しい。泣かせたくないから、悲しませたりしたくないから。だから私は、大好きな人を守る。
最後のマルスベルク人として立派に生きられる様に。そして最高の最期を迎えられる様に。
最後まで読んで下さりありがとうございました。
感謝の気持ちでいっぱいです。