7 灰色猫のクリストファー
琴音さん……。
自分の性癖をこんな公共の場で認めるなんて……流石です。感服いたしました。
さてと、感想を一言。
……キャラ増やし過ぎじゃないですか?
灰色猫のクリストファー
咲乃さんと俺のコースはほぼ同じだった。
そんなわけで一緒に軽く走って件の神社の前までやってきた。
「……久しぶりだな……」
思えば、この神社に来たのは小学生以来だ。
当時はこの周辺は子供たちの遊び場として人気が高く、俺たちは毎日のようにここらを駆けまわっていた。
今となっては特に用事もなければ来ることもない。
安藤さんもそのメンバーの一人だった。
今もそうだが、当時からサバサバしていて、どこか男勝りな彼女は、当時から男子の集団に混ざっていることも多かった。
「懐かしいだろ?」
「ああ」
昔はどんな風に遊んでたっけ……。
そんなことを考えていた。
まさに回想を始めようとしたとき、不意に、眠気が襲い掛かってきた。
「う……!?」
視界がぼやけ、足がすくみ、立っていられなくなる。
その場に崩れ落ちた気がする。だけどそれが真実かは分からない。感覚がないからだ。
「おい、どうした充?」
誰かの声が聞こえた気がした。
……誰の声だっけ?
そんな考えを抱いたまま、俺の意識は急速に薄らいで行き……そして途切れた。
……。
…………。
…………………。
――――――――どのくらいそうしていただろうか。
「ん……あれ?」
周囲を見回す。
神社の前だ。
……どこだ? ……俺はどうしてこんな所にいるんだ?
確か、ジョギングしに外に出てそれからここまで走ってきて……。
で、それからどうした?
「睡眠不足か? ……えっと、今何時だ?」
腕時計を見る。時計は午前7時48分を示していた。
「やっべ! 遅刻する!」
俺は家に向かって猛然とダッシュした。
途中、気になったことがあったので立ち止まった。
特に何の変哲もない、ただの民家だ。
表札を見ると、『安藤』とある。
「……?」
何か引っかかる気がしたが、気にしないことにした。
「……って、そんなことしてる場合じゃなかった!」
俺はもう一度駆けだした。
一時限目、『脳心理学』。これは俺の通う学校に組み込まれた、少々特殊なカリキュラムだ。
何とか遅刻せずに済んだ俺は、その授業を受けていた。
壇上に上がった女性教諭は言う。
「皆さんは『シャルル・ボネ症候群』を知っていますか?」
聞いたこの名だ。
周囲を見舞わせば、皆一様に首をかしげていた。少なくともこのクラスにそれを知っているものはいないようだ。
「『シャルル・ボネ症候群』とは、脳の障害により、精神が正常な状態であるにもかかわらず、幻覚を見たり、幻聴を聞いたりしてしまう症状の事よ」
「先生、脳の障害っていうのは、具体的にどういう物なんですか?」
「説明するわね。過去の事例だと、糖尿病性網膜症や、白内障なんか視覚障害を抱えた老人、あるいは単に事故で脳が損傷してしまった若者なんかの例が有名ね」
「でも先生、それって心理学とどう関係するんですか?」
「それは、この後の話を聞いていれば分かるんじゃないかしら。この症状おいて重要なのは、発症した人がが仮にこの症状に気が付いても、幻覚を本物のものとして認識してしまうことよ。つまり、ありもしない物を見ていると理解できていても、現実との区別が出来なくなってしまうということ」
「幻覚なのにですか?」
「そうよ。いくら自分が偽物だと思っても、脳はそれを本物だと認識するのよ」
そんな話を聞いても、にわかには信じがたかった。
だから俺は質問した。
「でも先生、自分が偽物だと気が付いているなら、それは『脳が偽物と認識した』ってことになりませんか? だったら脳が本物と認識するっていうのはおかしいんじゃ?」
「そう。そこなのよ。『脳の認識と、精神の違い』よ」
「……どういうことですか?」
話がややこしくなってきた。あたりを見回せば、多くの者が首をひねっていた。
「つまりこういうことよ。『私たちが考えていることと、脳が考えていることは違うのではないか』」
「……?」
いまいち話が呑み込めない。
先生は一つ苦笑してから続ける。
「この話をすると誰でもそんな反応をするわ。そうね、極端に言ってしまえばこういうことよ」
そういうと先生は、黒板に絵を描き始めた。
「リンゴ?」
「そう。リンゴよ。皆さんは、これを本物のリンゴだと思いますか?」
そんなの当然、思う訳もない。黒板に書かれた絵が、本物であるはずがない。
「はい、今皆さんは、『偽物だ』と思いましたね? 絵なんだから当然よね? でもね、もしもこの絵を、脳が『本物だ』と認識していたら、どうするかしら?」
「……お腹が空いていたら、食べようとするんじゃないですか?」
「そう。もしもこの中に『シャルル・ボネ症候群』の患者さんがいれば、授業後に食べようとしても、不思議ではないのよ? あなたたちがこの絵を偽物だと思っていてもね」
「……それ、なんか怖いですね。自分の意識と行動が別々みたいで。まるで二重人格だ」
「そうね……そういう捉え方もあるわよね」
「……ほかに、どう捉えるんですか?」
「私はこう思うの。『人は生まれながらにして、二人で一人』」
先生は意地悪く笑った。話についていけていない生徒をからかっているようだ。
こんにちは。灰色猫のクリストファーです。
ルール的にギリギリの日付ですが、投稿できました。
さて、話が大分アレな方向に進もうとしていますね……私のせいですが。
「シャルル・ボネ症候群」ですが、興味があれば調べてみてはいかがでしょう?
こんな状況で放り出して、琴音さんがどう返してくるか……見ものですね。
個人的には逃げてほしくないんですが……。そこは琴音さん次第ですね