挿話
挿話
『――。この〈シェスタの丘〉に舞い散るは……この地を俯瞰すれば屋敷が立つ小高い丘の上から南西方向へ向かって、町の塀まではなだらかに、稀に各所では仄かに白い火山灰が堆く積もった儘。
この地は吹きさらしの白砂になっていることがよくわかるはずだ』
『――。山裾に降り立つと、町の外れから領主の館までは子供から大人の足跡、はたまた蹄鉄の痕すらも見られない。私が大荷物を抱えた行商人であったのならば、顔を上げた途端このことにさぞかし驚いていたことだろう』
『――。私が初めてみた白一色の大地は、息を飲むほどに美しかった』
誰に当てたとも知れぬラインという人物の手記は最後の一文を残し途切れていた。
この手記は、行間が空くたびに文字の太さが異なっていた。
八年ほど前。
そのころの私はまだ字を覚えたてであったのだが、そのことが幸いしたか。
埃まみれの我が家の倉で〈シェスタの丘〉についての日記を苦戦しつつも読んだことが、今になって思い出すこととなった。
当時、母に内緒で忍び入った倉では、蝋燭の薄明かりの中でも、書架台のかなり高い、上の方、なめしで閉じられたその日記だけは、平積みされた書のなかでも薄闇に浮いてみえた。
速記でなぐり書かれた、なかには綺麗なものもあるが、商いごとを書き貯めたものが書架の中には平積みにされ溢れていることを屋敷の者に聞いて知っていたからだろう。今では考えられないことをした。稼業への少しの興味から、それを手に取った。保存状態がよく、字体もかなり明らかであったので、幼い私でも文末までなんとか読むことができた。
字の癖が、他の当人の名前入りの帳簿などの書類と、相当部分類似していたので、おそらく、あの日記の書き手はその人物であって間違いないはずだ。倉の記録によると、彼は守衛職、王宮勤めの衛士で、一代限りの〈騎士〉いわゆる、王宮勤めの兵士の位に着いた。我が一族でも出世頭であったそうだ。しかし、その彼が騎士になった後からさき、彼に関した書は見つからずじまいとなった。血縁のあると思える彼の生涯について、私は詳しいことは分からない。帳簿に彼の名前が載っていたのをみて、私など初めて彼が兄だと(名前から姉である可能性もあった)、その存在を知ったくらいだ。