第5話
第5話
ラクリマ家がバルモの商会のなか規模で言えば中流とはいえ代々商家という家柄の縁もあって、役人として様々な肩書を持つ官者のことをフレーレは幼いころからよく見知っていた。
彼は、警備に通行証を見せると、門の一角に設けられた無骨な鉄柵や、門兵二人に左右を挟まれ敬礼を受けようとも、それをわき目にもせず、平然と敷居を跨いだ。
少女から見れば慣れた様子の官者。
後から、平素よりも畏まった心持になった商家の娘が税務署の敷地へと入る。
俯きながら自分の背丈の何倍とある大きな門を潜った少女は、門の影が伸びるあたりまで歩くとそっとおもてを上げる。
植木が左右に巡らされている街の広場のような場所がすぐ正面に見つけられた。
近づくと町にある噴水のようなものが道の先、中央に鎮座していた。
目の前にした広場と、このバルモ市街にある広場とで違う所は、周りにあるのが樹々だという所だ。
噴水というよりもため池のような規模だ。贅沢だなぁ。フレーレはそう思いつつも絶えず波紋を起たせる噴水の水面を眺めながら迂回する。
その後、植木に囲まれた敷石の道はカーブもなく一本道なりに続いた。
「ここからしばらく歩きになります。けっこう距離があるので」
官者は退屈しのぎにフレーレに並んで歩くと会話をする。
互いに口を突いて出るのは他愛のないことだ。
「はじめて来ましたけど、こう、こういう所なのですか。他の役所というのも」
言葉に詰まりながらもフレーレは尋ねた。このとき門から歩いて十数分が経とうとしていた。税務署らしい建物が見える気配が全然ない。代わり映えのない景色、馬小屋のようなものが時時横目にできる。
官者はしきりに寒さに目を細めている。フレーレもマフラーをいじったり、息で指先を暖めたりしている。
「ここは特殊かな」
官者は具体的なことを言わない。傍からすると役人らしくもあった。
ただ一風変わっている。唐突に数分前にはぐらかした質問に答えることもあった。
またしばらくして、暇を持て余し官者がフレーレのよこに並んだ。
「私でも堅苦しいと感じる」
「そうところでこの屋根のある道は何ですか」
フレーレの興味は既に移っていた。
「……」
「えっとどうかしました?」
「いや。涼み廊というそうだ。礼拝堂にある回廊とは似ていて違うものだ…
」
「……あの、聞いてもいいですか。そのどんなときに堅苦しいと思うのか」
なんとも言えない寂しそうな官者の声音に気付いたフレーレは少し調子を出して尋ねた。
「嗚呼、たとえば……」
植木の道を抜ける。とその先に平原が広がっていた。
見渡す限り平原が広がり、距離感が掴めないくらい奥の方小高いところに建物があった。
平原には、急のある丘陵地帯があった。
低地部分を官者のいう礼拝堂内の柱廊みたいな「涼み廊」が丘陵の間を縫うように蛇行し続いている。
大木はもとより低木もない平原の解放感は、市街から通ってきた中央公園の芝のなかを行く並木道とは比べ物にならない。
二人は歩調を合わせたまま歩む。やがて言葉をつむぐ。
「……そうだな」
「この距離感というか。遠いところかな」フレーレの気遣いを感じた官者は少し声色を明らめた。
フレーレの目が遠く、税務署のある開けたあたりに向いた。それをみたときフレーレは、昔から時期になると行商をする親に連れられた先での出来事、幼い日のある日のことを思い出していた。
当時駐在したここバルモから遠い街先にあるラクリマ家の別宅、倉庫の中に迷い込んで読んだ手紙のことを。
「どうしかした?」
「なんでも。官者の言う通りです本当に遠いなって思っただけ」