第4話
第4話
小石を巻き込む台車が、垣根の外にある広場で商人の手に押されている。
ガサゴソ
ガタタタ、ガタ
間があった。
少女は、翁の件で何か失礼があったか不安になる。
しかしそれも杞憂に終わる。官者はハットの埃を払っただけだった。
ハットを頭に載せると無言で歩行を再開し、口を開いた。
「君が旅にどうしても要るからというから答えるんだ。税務補佐官が公に君の質問に誠実に、嘘偽りなく答えた、となれば、それは世間にしてみればやんごとなき一族の悪口を私が言うことになる。他言は無用、いいね」
私室までの道中に官者は話した。
「そこでは領民の、特に、多くの男子は剣術と、魔術、その両方の覚えがある。シェスタの民は、古くから強力な魔法を操り、周囲の魔物や害獣を狩りつくせるだけ狩り続けている。また、辺境であることも手伝って、過去、かの地に蛮集が近づこうとしたためしは一度もなかった。この領地の領民は古来より争いを好まない気風を持っていた。領主は有能な民に救われているのだ。一方で、当主はというと、〈騎士〉の身分を持つ者であった。が、富の蓄えが充足したことで王家から認められる商の才や、戦の功がある俗に云う名家ではない」
「領民は何故従うのでしょうか」
相手に合わせて、少女も声を潜めて早口にこしょこしょと言った。官者に、追って尋ねた。
すると官者は、これは王宮の記録官に語らせればこのように説明がなされるだろう。と言い、また話し続けた。
「現シェスタ領、当主であるフィーニス(辺境伯)が、まだ若く、十一という齢より兵役をこなしつつ魔術を学んだ。あるときから彼は王都の練兵所の書庫に籠り始めた」
もったいぶるように、官者、コークス その人は歩を止める。
「……」
「それから、彼はわずか2年あまりで七属の魔術の一端を極め、魔導の奥義を記した書を一冊書き上げた、それを直ちに王国魔導図書館へ上納してから5年、彼が二十歳になったとき、即ち〈騎士〉に受勲したのは14年も前のこと。現在は準男爵となっている、彼の爵位は上流階級の上ではまだまだ低い。その名声も現在の王都ではすでに忘れ去られ、フィーニスという家名は、庶民の中ではほとんど無名に近くなりつつあるのだ」とその様な裏話をフレーレへ聞かせた。
諸侯曰く、公爵位名簿の末席であり、田舎者の準男爵とされている。ともつけ添えていた。
ほかに物のついでに細々したこと、彼の伯の冒険譚を聞いたが、それらは他の貴族の思惑通りに脚色された噂話であるらしく、そこに管者の知る彼の伯の姿はなかった。
官者は最後にこう締め括った。
「かの地も又、そんな数ある遠方の地方町村その一つだよ。では私はここで一度門兵に話を付けてくるので、ああ、中に入っている間は今の話はなかったことにしてください。中流とはいえラクリマの商家の一人娘の家出の手伝いをしたなんてばれたら……君も知っての通り私は今日から休暇です。次の赴任先へ向け、下見も兼ねた旅に行くので。お互いよい土産話を期待していましょうね」
そういい残し、ハットを押さえながら足早に官舎の方へと向かって行く。
役場の門は鉄柵が収納され開け放たれている。きびきびとした動きをみせる衛士が槍を携えて周囲を警戒していた。ここはバルモ市街の役場のなかでも特別な場所。バルモ中央税務署。一国の国庫である。
雪が降りそうな曇天の下、そびえる外壁を見上げた。魔法使いが魔法をこらしたこの建物は、監獄よりも厳重な警備がしかれている。ここに入るのかと思うと、息が詰まる。
少女は背後の楓の葉鳴りに見送られて。
門兵が二人に敬礼する。
官者の纏う空気が変わる。
名を呼ばれた。
「はー」
少女から漏れ出た息はやはり白かった。