第3話
第3話
「ここでの話もなんだし、役場にある私室でどうかな」
役場、官者のいう官舎へとつづく並木道は、真っ直ぐ西方へ伸びていた。
道は、低木のツツジが垣として広場との境となり、落葉高木の楓が不規則な間隔をおいては道の先々へ連なる。
時機に周囲の広場には、街の人々や、旅の者が朝市目当てに蝟集し、大層賑わうことだろう。
「え、えっと……そうしましょう」
少しだけ逡巡した少女だったが、すぐに諦めた。
「それがいい」
首を捻ると官者は目を細めて、皺も深く、けれども暖かく少女へ微笑んでみせる。
車輪の音。
すると、官者は唐突に翻って道の中央から少女の手前まで来た。さらに脇へ行こうと少女を紳士らしく手で先を示し誘導した。揃ってツツジの垣に近づくと、仄かにくぐもった、しかし、どこか悠然とした響きをもつ馬の嘶きが聞こえた。少女がそちら伺うと、馬車の車窓越しにご老人がこちらの方に向かいになられて礼儀を尽くされている処だった。
なんとなく官者をみる。少女も見様見真似で腰を折った。ご老人は官者よりもお年を召していたが、官者よりも背筋がぴんと伸びて、威厳のある顔つきをしていた。それでも緊張した少女を一瞥したら、顔を綻ばせていた。
「やあ、元気にしていたかな」
「ああ、元気だとも。コークス、そなたも元気そうじゃな」
大人二人が挨拶をしていると馬車からまず御者が降りてきて、観音開きの方扉を開ける。従者が物音も立てず無言で降りてくる。
少女は、官者に呼ばれたご老人の手を取るかと思ってみていたが、そうはならず、従者は、杖を用意して馬車の側で控えただけだった。
「はじめましてお嬢さん」
少女が挨拶を返す。
「お初にお目にかかります。私は、名を、ラクリマ商家の次女――フレーレ ラクリマと申します」
――ヱ霞。
馬車を乗り回すご老人なんぞ、どこの大人物かも知れない。と少女――あらためフレーレは口上を続けて述べた。
彼は、官者と二言三言言葉を交わすと馬車へもどり、来た時とおなじように車窓から顔をみせ別れの挨拶を手早くして杖を従者がしまい、御者が手綱を振るわせ馬車を動かしして、嵐のように去っていく。
あとに残された二人は、両足を揃えて、胸に右の手をあてる敬礼を行う。
官者が落ち着いた様子で、その一方フレーレが慌ただしかったのは言うまでもない。
礼儀正しくも豪快なおじさまだと思って、少女が自身の横、正反対とも思えた官者をちらりとみる。まるで別れを惜しむように、ゆったりとした速度の馬車が並木の水平線の先にさしかかると、官者の剃り残しの一切ない口か元からほっと息が籠もれ出た。