ひとりの放課後
ノリで書いたものなので、本当に暇な方のみお読みください。
「おねがいってばー!講習受けると、一緒に帰る人いないんだもん!」
「紺野に頼めよ」
「紺野くんはもう帰っちゃったの!ね、おねがいー!」
私は、帰ろうとする今井のシャツの裾を指でつまんだ。腕を掴むのは、それは友人の枠を超えそうだし、これくらいが人目のある教室の中での限界だもの。
突然入った振替講習は強制ではないものの、私の、指名補習以外の講習が欲しい!という案から始まったものなので、私がそれを休むことはできないのだ。
それにしても、今日。よりによって、木曜日になるとは。帰るひとが誰もいないのではないか!
「今井くん、一緒に講習受けよ」
最後の頼みの綱である今井に縋るが、返ってきたのは嫌そうな掠れ声だった。
「えぇ。俺には必要ないんだけど」
「だって、帰る人がいないんだもん!」
押し問答をしていると、ガラガラと教室の引き戸を開けて先生が入ってきた。そして今井に縋る私と、裾を捕まえられている今井をみてほぅと息を吐いた。
「小川と一緒に受ければいいじゃない、今井。一緒に帰りたいって言ってくれているんだから。……はぁ、青春だわねぇ」
「そんなんじゃないですし、そういうこと言わないでください。」
むっとして今井が言い返す。今井は好きな人がいるのに、私とできているんじゃないかと噂をたてられていて、またそれを消そうといつも奮起している。がんばれ。
「ほら、返せって」
「やだぁ。返したら帰るんでしょ?」
「そりゃあな」
今井のカバンを胸に抱えこみ、駄々っ子のように私は口を尖らせた。……自分で自覚してます、ぶりっ子は似合わないって。
「ほら、放しなさい」
しかしそんな抵抗も虚しく、カバンは奪われてしまった。
「じゃあな」
カバンを肩にかけ、ひらっと手をふる彼に恨みがましい視線を向けると、困ったような目と目があった。
まあ、もうしょうがない。彼に迷惑をかけたいわけではないのだ。
「ばいばい」
微笑んで手を振ると、彼は踵を返して教室を出て行った。……寂しい。
講習が終わった。やっと終わった。まだ5時半だが、中秋の名月を終えた今、窓の外は光を吸い込んだように暗く、そしてセーターを着ていてもその風は少し肌寒い。
やだなー。帰りたくないなー。と、心の中で駄々をこねていても仕方がない。ずしんと肩にのしかかるリュックを背負い直し、教室を出ようと扉をひらいた。
明るい教室からでは、暗い廊下は逆光でよく見えない。しかし、そこに誰かが立っているのはわかった。シルエットは似ているものの、今井なわけじゃないだろう。補習は一時間半にわたっていた。もうとっくに帰っている……はずなのに。
「おつかれ」
いつものバリトンボイスを発し、彼は床に置いていたバッグを持った。そしてさっさと下駄箱の方へといってしまう。
慌てて背中を追いかけながら、私は混乱していた。だって、もう帰ったと思い込んでいたのだ。それが、待っていてくれていたなんて。
駅までは徒歩20分。暗い夜道は、いつもみんなで帰る時のようにとても短く感じた。
「今井くん、やっさしー」
嬉しさを素直につたえられず、いつものからかい口調で、若干棒読み気味にぽつりと言ったのは、私が伝えたかったこととは微妙に違くて。
「俺が心配症なだけだ」
だからそれがやさしいんだよ。
「今井くん」
「ん」
「女子だったら口説いていた」
「男子でよかったよ」
『3月7日の放課後』にも登場した小川と今井の友情物語でした。ふたりは付き合っていません。
やっぱり、持つべきなのは友だちですね。