偶然と執念
『ともあれ、ここにある資料や情報については、有用かもしれん』
ガルクは施設内を一瞥してからそう告げる。
『過去の情報を利用して構築した技術ではあるが、我々にとっては貴重な資料だ』
「ただ、決戦まで近いだろ? 活用できるだけの時間が作れるのか?」
『資料を精査することができるかどうか……ふむ、我を始め神霊の分体だけでもここに来て、調べた方が良いかもしれんな』
場合によっては、決戦の際に……俺は一度施設内を見回す。大量にある資料や実験機具。さらに魔物の存在……ここに来て見つかったというのは、偶然にしろあまりにできすぎた展開のようにも思えてしまう。
『……ここに我らが訪れたのは偶然ではあるが』
と、俺と同じ見解を抱いたガルクが告げる。
『星神との決戦前に、というのは見えない意思が働いて、魔王もまた助力しようということなのかもしれんな』
「魔王が、か」
『星神を討とうといち早く動いていたのは魔王だ。もっとも、その手法についてはさすがに否定するほかなかったわけだが』
……許されることではないし、人間と魔族との間に大きな溝を作ったのも事実。だが、それでも――魔王もまた星神と戦おうとしていたし、その成果をどういう経緯であれ提供してくれる。その事実は今回の戦いにおいて、非常にありがたいものではある。
『問題は魔物についてだが……』
「確認したところ、外に出たのはあの個体だけだな。他はちゃんと機具の中に収まっている」
『念のため、他に類似した施設がないのかを確認し、魔王クロワに報告するとしよう』
ガルクの言葉に俺は頷き……まずは外に出るべく、歩き始めた。
結果的に怪しい場所は他に見当たることなく、俺は一度魔王城に戻り報告をした。そして星神由来の案件であることと、施設に存在していた資料について信頼を開始調査させて欲しい旨を告げると、
「決戦間近で、時間もない……とくれば、早速やってもらって構わない」
「いいのか? 魔族以外の存在がここを訪れるのは二度目になるけど……」
「直轄領内であるため、いくらでも融通はきく」
ああなるほど。なら――というわけでガルクは即刻行動を開始。数日以内に調査するとのことだ。
「問題は施設内に封じられている魔物だけど」
『そこも我が処理しよう』
「大丈夫なのか?」
『星神由来の存在とはいえ、我ら神霊も相応の対策は当然している。あの程度であるなら問題はない』
むしろ、余計な心配だったかな……施設に関して色々と打ち合わせを進め、とりあえず話がまとまった段階で、俺は魔王城内で一泊することに。
「そういえば道具についてだけど……」
「あれもおそらくは、実験施設に関連するものだろう。調査した結果、魔力を調査する道具だった」
「魔力を……調査?」
「推測だが、星神の魔力を観測する物なのかもしれない」
「……星神の魔力であることを確定させないと、実験の意味もないためか」
『おそらく星神の魔力がどういったものか、古代技術で分析はされていたのだろう』
と、これはガルクの言だ。
『今、降臨しようとしている魔力と同一なのかは不明だが、一度降臨した当初の力を再現して、対策を練っていたと考えられる』
「よほどの執念がないとできないよな……」
『うむ、魔王は星神を打倒するため、シェルジア大陸に侵攻したが……少々疑問も残るな。魔王はおそらく同胞である魔族を救うため……それこそ、世界崩壊を防ぎ魔族を存続させることを目的としていたのは良いにしても、なぜそこまで……』
「先代魔王にまつわる資料などは存在していないため、どれだけ調べても推測の域は出ない」
と、ガルクの言葉を遮るようにクロワは述べた。
「手記どころかメモすら存在していないため、意図的に自分の心境は残さないようにしていたのだろう」
「何か、理由がありそうなのか?」
「僕も興味を抱いて調べているが、わからずじまいだ」
――俺は、賢者の記憶を通して魔王が封印されるより前にも破壊を伴う力を得ようとしていたのは克明に知っている。ただその中でも、魔王自身がなぜそこまで、ということについては語られていない。
まあ賢者側の視点なので、心情なんて知るよしもないわけだが……俺はクロワにそのことを伝えてみる。すると、
「封印が解かれても、やることは変わらなかった……犠牲を出しても同胞を救うという覚悟が垣間見られるな」
「ああ、確かに」
「……僕自身、先代魔王の所業は評価が難しい。今後、世界と向き合っていく上で、枷にしかならないだろう」
クロワは難しい表情で俺へ語る。
「ただ、魔王が執念を持って動かなければ、星神という概念を僕らが知ることはできなかった」
「そう、だな……もっと言えば、賢者に魔王が語らなければ、こうやって俺みたいな人間がこの世界へ来ることもなかった」
「星神との戦い……その歴史の中で、功績を言うには憚られるが、大きな影響を与えたのは事実だ。それで魔王の所業をチャラにしろなどと言うつもりはないが……少なくとも歴史に刻み、なぜそんなことをやろうとしたのか、後世に伝えていくべき事柄であるとは思う」
「……星神との戦い自体、歴史として語られるかどうかはわからないけどな」
『教科書に載る話ではないかもしれんが、我らが責任をもって語り継いでいこう』
ガルクが述べる。俺はそれで「わかった」と小さく答えた。
「さて、実験施設の調査はガルクに任せるとして……明日、魔界を出るとしよう」
「次に会いに行くのは幻獣かい?」
「そうなるな。距離はあるけど……ま、なんとかなるだろ」
一度シェルジア大陸に戻って、幻獣達が来ていないか確認するのもいいかな?
『ルオン殿、そういえばリズファナ大陸は再度訪れるのか?』
「……まだ日も浅いし、大丈夫かな。幻獣達のすみかを訪れたら、俺は城にこもって決戦の準備をするよ」
『そうか』
「どこかまだ行くべき場所があるのか?」
問い掛けるとガルクは少し間を置いて、
『……ならば、一つ提言が』
「それは?」
『といっても、幻獣達と顔を合わせてからにしよう』
気になるけど……ガルクの言葉に俺は頷き、この日は魔王城に滞在することとなった。




