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賢者の剣  作者: 陽山純樹
世界を救う者

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矛盾と覚悟

 まず俺は、魔界に転移した場所へと赴いた。そこには既に人の姿はなく、代わりに魔族……魔王クロワの指示によって、この魔界へやってきてしまった人々を保護する魔族がいた。で、そこに住んでいるようだったので、


「村の形は維持しているのか」

「すぐに元の世界へ帰すことができないケースもありますからね」


 と、応対した魔族は言う。ここにいる魔族達は、人間のように気配が非常に薄く、一見すると魔族には見えない。


「段取りが整うまで、村で待機してもらう形をとっています」

「俺達が魔界を脱した以降、人は来た?」

「ええ、三名ほど……事象そのものをなくさなければと陛下は仰っていましたが、難しいかもしれませんね」


 ――課題は山ほどあるってところかな。クロワとしてはこの一件についても解決したいとは思っているだろうけど、何より魔界の治安を維持することを優先しなければならない都合もあるはずだ。

 とはいえ、俺がここまでに訪れた町などは、非常に穏やかだった。クロワが魔王になったことで色々と問題だって出ただろうけど、彼の治世は今のところ上手くいっているのは間違いない。


 少なくとも、彼が魔王である間は、侵略戦争なんてことはしないだろう……先代魔王に対し様々な恨みを持つ人は多い。ソフィアだって国を蹂躙された。それは許されることはでないけれど……今回の、星神との戦いを通して、将来に禍根を残さないようにしていく……将来のことを考えると、そういう風に進んでいくのが望ましいけど、大変だな。

 俺は村を案内した魔族に礼を言って、立ち去った。そこから魔界の中を色々と見て回ったが……少なくとも、混乱が生じているような場所はなかった。


「よし、それじゃあエーメルの所へ行くとするか」


 ただ、俺はなんとなく嫌な予感がしていた。それは別に彼女と会うのが嫌だとかそういうわけではないのだが――


「的中しないことを祈ろう……」


 そんなことをぼやきつつ、俺は進路をエーメルのいる場所へ向けた。






 で、俺の予想については……当たってしまった。


「おいおい……」

「どうだ、準備は万全だぞ」


 エーメルがどや顔で俺に言うのだが……真正面に、大軍勢が準備されていた。

 俺が来た、ということを彼女は把握していたのだろう。まるでここを訪れるタイミングを見計らって集結したような大部隊。そんな状況を見て、俺は苦笑するしかなかった。


「星神との戦いについては任せておけ」

「……いや、あのさ」


 頭が痛くなってくる……最大の問題は、こういう彼女の行動を止めるような存在がいないということだ。たぶんクロワが何か言っても準備をするに違いない。まあ魔王に刃向かうようなことはしないから半ば放置されているんだろうけど……。


「どうした、あまりのことに言葉も出ないか」

「……確認なんだが」

「ああ」

「結構な人数がいるわけだけど、これをどうやって外に出してシェルジア大陸まで移動させるんだ?」


 問い掛けにエーメルは硬直した。考えていなかったらしい。

 張り切りすぎてそこまで頭が回っていなかったのかもしれないけどな……こちらの言及にエーメルは反省した色を見せ、


「確かにそうだな。うん、なら解散しよう」


 ――そこから彼女の指示で、あっという間に軍勢が目の前から消えた。なんというか、集められた魔族達はご愁傷様としか言いようがない。


「こんなことをしてたらクーデターとか起きるぞ?」

「まあまあ、その辺りは上手くやれているから」

「本当に大丈夫か……?」


 疑わしげな俺の問い掛けに対し、エーメルは笑いながら話す。


「心配しなくてもいい。ま、もし何か騒動が起きても私ならどうにでもなる」


 大層な自信である。俺としてはため息の一つもつきたくなる展開ではあるのだが、


「まったく……言っておくけど、シェルジア大陸まで赴いて騒動を起こしたら強制送還だからな?」

「む、それは困るな」

「だろ? よって、何かするのであれば許可くらいはとってくれ」

「わかった」


 と、言ってもたぶん聞かないんだろうなあ……それなりに付き合いが長いからわかる。


「で、エーメル……軍勢はともかくとして、準備はできたのか?」

「ああ、おおよそ完了した。いつでもシェルジア大陸へ向かうことができるぞ。ただ」

「……ただ?」

「一応、領地を見て回ろうかと思ってだな」

「それは、留守にしていたことで混乱がないか確かめるため?」

「私がいない間はクロワに統治を任せていた。彼なら失敗しないだろうから心配はしていない。私はただ……自分の領地、その景色が見られる最後の機会かもしれないと考えただけだ」


 死を覚悟して……ただ、あんまりそういう発想はして欲しくないなと思っていたら、どうやらエーメルは察したらしく、


「武人という存在は、戦場に立ち続ける限り、命の保証はないだろう?」

「それはまあ、確かにそうだけど」

「これは私がそういう風に考えているだけで、他の種族や同胞に強制するわけでもないから安心してくれ。私なりに戦地へ赴くための覚悟とでも考えてくれればいい」


 なんだかシリアスになっているけど……相手が巨大であるため、彼女もまた全力で応じなければならないし、それをやっても勝てない危険性がある。それを踏まえると、彼女の言動はそれほどおかしくないけど。


「ルオンさんはそう考えていないのか?」

「……最後の最後で身を挺して何かをするかもしれないから注意しろと諫められる感じだな」

「ああ確かに、やりそうだ。星神を滅ぼすのが自分の使命だとか言って」


 うん、何というかそういう姿がありありと浮かぶ……と、ここでエーメルは俺に対し屈託のない笑みを見せた。


「いざとなれば、捨て石になるぞ?」

「そんなことはせず、エーメルは自らの役目を全うしてくれればいい……俺としては、誰かに守られるつもりもない」

「はあ、そうか。ま、それならそれでいいけどな」


 ――なんだか俺と話をする彼女は、楽しそうに見えた。死を覚悟して戦地に赴こうとしているにも関わらず、むしろそうした行為が楽しいと考えている……なんだか矛盾しているけれど、覚悟したからこそ、至った境地なのかもしれない。


「……エーメルのことは頼りにしている」


 そして俺は、彼女へ告げる。


「だから、決戦について……頼むぞ」

「ああ、任せろ」


 どこまでもにこやかに……エーメルは俺に向け答えてみせた。


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