師匠の予感
その後、俺はアルト達と別れて次の目的地へと向かう。それはシルヴィと出会ったガーナイゼだ。彼女もここに戻っているはずであり、もし遭遇したら同じように仲間への問い掛けをするつもりだ。
「あ、そうだ。師匠にも会いに行くか」
そういえば、俺のことは聞き及んでいるのだろうか……その辺りを気にしつつ、ソフィアやシルヴィの剣の師匠でもあるイーレイの下へ赴いた。
彼女は快く迎えてくれて、俺のことについても知っていると返答を受ける。
「まさしく英雄……しかも、魔王以上の相手と戦うときた」
「知っているんですか?」
「数日前にシルヴィがここに来て、軽く事情を話してくれた。もっとも、魔王との戦いに続いて、ルオンが色々やっている……くらいしか聞いていないが」
「それで十分ですよ……その、厳しい戦いが待っているわけですが」
「ま、ルオンならなんとかするだろ」
と、なぜかイーレイは楽観的に告げる。
「正直なところ、幾度か剣について面倒見たことがあるけど、ルオンの能力は他よりも秀でていた」
「俺が?」
修業時代に教えを受けたけど、レベルアップの途中でも相当強かったからな。
「それと共に、予感を抱いた。魔王を倒せるかどうかはわからない。そもそも魔王を私は見たことがないから。でも、何か……歴史に名を残す偉業を成しえるのではないか。そんな予感が」
「それは……」
剣士としての直感とでも言うべきものだろうか? いや、あるいは修行中でも俺の能力……あるいは転生者としての何かを察知した、ということなのかもしれない。
「ま、その予感は見事的中し、しかも私の想定を超えた何かをやろうとしているみたいだが」
「そうですね」
「私が教えた剣術がどれだけ貢献できるわからないが、役に立っているのか?」
「はい、もちろん」
即答した俺にイーレイは満足げに笑みを浮かべた。
「そうかそうか……なら、私から教えることは何もないな。もしよければこの剣術道場の師範に任命して私は隠居でもしようかと思うが、どうだ?」
「残念ながら、お断りします」
そこで俺達は笑う。というか、冗談で言うイーレイの顔は師範云々言い出した段階で笑い始めていた。
「ま、気が向いたらここへ来るといい。茶くらいしか出せないが、愚痴くらいは聞くぞ?」
「はい……あ、もしソフィアがガーナイゼを訪れることがあったら、是非会ってください。彼女も剣の教えを受けて感謝していると思いますし」
「王女様が、か。いつになるかわからないが、その時を楽しみにしているよ」
その言葉の後、俺は剣術道場を後にする。さて、次はどうしようか。
イーレイの話によると、数日前シルヴィが来たというのだから、たぶんまだここにいるのだとは思う。とはいえ広い町だし、土地勘もあまりないから探すとしたら一苦労だ。
「まあ……旅の途上で仲間に会えないにしても、王城に戻ってきた際に質問する予定だから、別にいいんだけど……」
『ルオン殿、もしよければ探そうか?』
ふいにガルクが俺へ告げる。
『彼女のことは魔力で探知できるが』
「……そこまでする必要性もないけどなあ。今日一日くらいはガーナイゼに滞在するつもりだし、少し町を見て回ってどうするかは考えようか」
――そうして、俺は町を散策する。修業時代と魔王との戦いで来たことはあるが、正直言ってそこまで思い入れがあるわけではないけど……なんだか、訪れる場所で色々と回想が浮かんでくる。
シルヴィとの出会いは結構唐突だったよなあ……などと思っていると、町の通りの一角で騒がしい声が聞こえてきた。見れば、酒場の入口に人がたむろしている。
「昼間っからすごいな……」
『……む?』
ふいにガルクが声を上げた。
「ルオン殿、あの酒場の中にシルヴィがいるな」
「……ああ、なるほど。シルヴィが戻ってきたことで、騒いでいるのか」
俺は何気なく酒場へ近寄ってみる。といってもさすがにあの中に加わるつもりはないので、中の様子が見れないならおとなしく立ち去るつもりでいたのだが……。
バン! と勢いよくドアが開いた。そして中からシルヴィの姿が……タイミングがあまりに良すぎてビックリするくらいだった。
「……ん? あれ、ルオンじゃないか」
そして俺を見つけて名を呼ぶ。
「どうしたんだ? ボクに何か用……にしても、わざわざここを訪れる理由はないな」
「最後の戦いを前にして、今まで訪れた場所を見て回ろうかと」
「そういうのは終わった後にすべきことじゃないか?」
「カティにも同じことを言われたよ……ほら、終わったら俺は色々大変そうじゃないか? 自由になれる時間は今しかないかなと」
「ああ、なるほど」
と、シルヴィが納得している間に周囲の戦士がざわつき始める。少し耳を澄ませてみると「あれが英雄!?」とか「魔王と戦った……」とか、色々聞こえてくる。俺の名前はどうやら多くの人に伝わっているらしい。まあ、当然と言えば当然である。
よくよく見れば、シルヴィ以外にも見たことのある人物がいる。例えば魔王との戦いでラディと共に行動していたネストルなんかの姿もある。
他にも、ゲーム上で仲間になる人物がチラホラ……ん、なんだか嫌な予感がしてきた。このままここにいると、酒盛りに巻き込まれそうな気がする。
なので、俺は必要なことだけ済ませようと口を開いた。
「……シルヴィ、一つ確認をしたい」
「ん、どうした?」
「星神の戦い……参加するのか?」
「今更過ぎる質問だな。深く関わっている以上……何より、ルオンやソフィアの戦いがどういう結末を迎えるのか。それを知りたいと思うのは当然だろう?」
「だとしても、戦いを強制するわけじゃない」
「なるほど、旅の途上で出会ったらこういう話をするつもりだったのか。うん、ボクは戦う気でいる。だからひとしきりここで騒いだ後、城へ戻ることにするよ」
明瞭な言葉だった。それで俺は「わかった」と告げ、
「それじゃあ、俺はこれで――」
「まあまあ、今日一日くらいは滞在するだろ? なら、少し付き合ってくれてもいいじゃないか」
彼女の後方にいる戦士が騒ぎ始める。あー、これは……。
「いや、シルヴィ。それは……」
「大丈夫。無理矢理飲まされるようなことにはならないさ。というわけで、一名ご案内だ」
半ば強引に、シルヴィは俺の背中を押す……ただ、それを不快に思っていない自分がいた。
それはきっと、こうした交流が楽しく思えてしまったから……以前の俺は同じような気持ちになれただろうかと考えつつ、俺は酒場の扉をくぐるのだった。




