砦と魔族
『場所は……ここから西側に存在する建物だな』
ガルクの発言に、俺は首を傾げた。
「建物? 町から西は森と山しかないぞ?」
『その山を越え、さらに森と山を越えた先に、建物がある。砦、と言えばいいのだろうか?』
砦……よくはわからないが、そこに使い魔の主がいるということか。
「意外に近かったということだな……よし。ならすぐにそこへ行こう」
『うむ』
俺は町を出て、行動を開始する。町の西側は俺にとって庭みたいなもので、魔法を使い一気に山を登り、その反対側へ。
山頂から見える景色は森ばかり。その先にまたも山があるのだが――
「あの山の向こうか?」
『いかにも』
返答が来たので、俺は迷わず魔法を使い一気に森を駆け抜ける。さらに山、といっても先ほどの山と比べて標高は低い。
それを越えた先、またも森……しかし、確かに建物が見えた。
「砦……木造だな。国が用意したわけじゃなくて、盗賊なんかが根城にしていた砦といったところか?」
推測しつつ、俺は遠方から建物を注視する。外観的には何の変哲もない砦。
「ガルク、確認だけど本当にあの場所にいるんだな?」
『そうだ』
「よし、進もう」
俺はさらに進む。果たしてどういう人物がその場にいるのか……あっという間に砦の入口近くに到達した時、気付いた。
「魔物だな」
オーガ……以前リチャルの名を目にした塔と同じだ。それが砦の門番を行っている。ちなみに門は壊れているのか開け放たれたまま。中に入ることは難しくなさそうだ。
目の前にいる魔物は間違いなく魔族が生み出すものと何ら変わりはない。となると、やはりここにいるのは魔族ということなのか?
だがそうなると、なぜリチャルを監視していたのか……疑問は尽きないが、中に入って正体を探れば何かわかるかもしれない。
どう動くか少々迷ったが、ここは気配を隠して素通りさせてもらおう。
俺はソフィアを隠れて見守っていた時に使用していた気配消しと遮音の魔法を発動。魔物に悟られないようにして行動する。
入口から難なく入り込み周囲を見回す。砦の中にも魔物の姿が見られる。その中心はやはりオーガ。それらを横目にスルーしつつ、建物の中へ入る。
さて、中は……入口から道が三つに分かれている。さらに建物内にも魔物が……どれだけ警戒しているんだよ。
過剰なまでの護衛に、俺は訝しんだ。ここまでする必要はないんじゃないかと思うのだが……。
『ルオン殿』
そこでふいに、ガルクの声が。
『正面の道奥から、先ほど探査した魔力を感じる』
「なら、そこにいるんだな」
『ああ。それともう一つ』
「どうした?」
問い掛けると、ガルクは少し間を置いて答えた。
『不穏な気配がする』
「不穏?」
『この建物からではないな。しいて言うとすれば、地上ではなく空か』
空……? 首を傾げ問い掛けようとした矢先、遠吠えのようなものが外から聞こえてきた。
まさか、気付かれた? そう思った直後、にわかに周囲のオーガ達が動き始める。
だが魔物達は俺の存在を認識していないようで素通りする……これは一体――
『魔族ですね』
レーフィンが断定した。
『魔族……それに悪魔の気配がします』
「ガルクが言っていた、空から?」
『そのようです』
ここまで魔物に護衛させていたというのは、魔族の襲撃から身を守るため? だが、なぜこの砦にいる使い魔の主は魔族や悪魔に狙われているのだろうか。
疑問ばかりが膨らんでいく状況ではあったが……俺はひとまずこの砦の主を調べる必要があると思い、奥へと進む。
やがて最奥、大部屋に到達。そこには、悪魔の襲来を察知した一人の男性が、険しい顔をしながら立ち尽くす光景があった。
目の前の人物――男性なのだが、特徴などを表現するよりも、一言でその人物を言い表すことができた。
年齢はおそらく二十代半ばくらい……多少年齢を重ね不精髭を生やしている以外は、町で出会ったリチャルとそっくりだった。
どういうことだ……と、思わず声を発しそうになって、慌てて止めた。こんなところで声を上げてはさすがにまずい。
だが疑問が膨れ上がる。似ている、というのは町にいるリチャルと関係があるのか? しかし本来魔族が生み出す魔物を人間が生み出せるはずがない――
『ほう、面白いな』
突如、頭の中でガルクの声が響いた。
『なるほどな……おぼろげながら事情が読めてきたぞ』
本当か――と思った直後、今度はレーフィンの声が頭の中に響いた。
『ルオン様、ひとまず状況の確認から始めませんか?』
……そうだな、と俺は心の中で同意。その直後、男性――便宜上リチャルとするか。彼は険しい顔を見せながら歩き始めた。
「俺も戦わないとまずいかな?」
彼の姿が消えた直後声を発するが……レーフィンの言う通りどういう状況なのかを把握してから動き方を考えるべきだろう。
俺は歩き出し、リチャルを追う。砦の入口で彼の背中を発見すると同時、
「さて、覚悟してもらおうか」
青年が発する若い声が聞こえた。俺は少し距離を置きつつ見守る。リチャルと対峙しているのは、黒マントに身を包んだ男性――気配をまったく隠す様子のない、魔族だった。
頭の先から足の先まで全てが黒という出で立ち。美男子と言っても差し支えない容貌だが、その顔は悪趣味なくらい口を歪ませた笑顔を見せており、警戒を抱かせるには十分すぎる。周囲や上空にいる悪魔が、その雰囲気をさらに助長させている。
「おっと、その前に自己紹介くらいはしておくべきか。僕の名はテレス。あなたを殺しにやってきた、魔族だ」
礼すら示し魔族――テレスは言う。
「本来ならば、一も二もなくさっさと殺すんだけどね……お前には訊かなければいけないことがあるんだよ。どうやって僕らの技術を手に入れた? なぜ、お前はこれほどの魔物を生み出せる?」
――その言葉により、俺はリチャルへと首を向ける。彼は沈黙したままだが……魔物を生み出す技術は、紛れもなく魔族のそれと同じらしい。
どのような経緯なのかはわからないが、彼は魔族が生み出す魔物の製法手段を知り、それを使いオーガ達を生み出した。目の前の魔族はリチャルの存在を知った魔王側が、討伐するために派遣した存在といったところだろう。
リチャルがこの砦にいたのは、テレスのような魔族を迎え撃つためだろうか……相当な数の魔物を生み出し使役しているのは、いずれこのような戦いが起きると彼自身予見していたから、なのかもしれない。
さて、この中で俺ができる行動は――当然リチャルを助け事情を訊きたいところだが、テレスにどう対処するか考えなければならない。
あくまで派遣された魔族なので、ここで姿を現し倒しても問題はなさそうな気もする。だが、テレス自身が高位な魔族だとしたら……魔王やそれに近い幹部と繋がっている可能性もある。下手を打つとここでリチャルに加え俺までマークされる可能性がある。
理想的なのは、俺の存在がテレスにバレないように動くこと。ゲーム的には五大魔族以外の魔族と戦った時、主人公達は色々と目を向けられていたはず。今回もそうであることは間違いなく、だからこそ見つからない方がいい。
ただ気配を隠す魔法を行使する以上、他の魔法は使えなくもないが威力がガタ落ちする。本気を出したらその限りではないが、当然魔力が漏れるので本末転倒。しかし加減した状態で倒せるとは思えない。なら――
「レーフィン」
『はい』
「魔族に見つからないように戦えるか?」
『私の場合、外に出ていないと攻撃も防御もできませんね』
「わかった。ならリチャルが危機に陥るまでは待機だ……ガルク」
『何だ?』
「気配を消す魔法を行使しながら攻撃するのは難しい……あの魔族は単独で悪魔を指揮している以上、そこそこ強いはず……リチャルを援護できる手法はないか?」
少し沈黙が生じた後、答えがきた。
『一時的に貴殿の魔法を行使することができるぞ。契約していないレーフィンには無理だが、我ならできる』
「本当か?」
『うむ。だがほんの一時的なものだ。我が依り代を経由して一時貴殿の魔法を受け持つ。だが時間は数分にも満たないだろう。そして限界を超えると依り代が消える』
「連続使用はできるのか?」
『依り代の魔力が戻るのに一日はかかるだろうからな……ここで協力できるのは一度きりだろう』
「なるほど……わかった。それでいこう」
決断し――リチャル達を見据えつつ、改めて策を考え始めた。




