遠い異国の出来事
魔王城での調査を終えて俺達はバールクス王国へ戻り、作業を進める。俺とソフィアは魔力の共有についてさらに修練を重ね、ガルクはその間に星神を観測する魔法を構築した。
早速ガルクに調査してもらうと、現在の所星神が出現する兆候はない……まああっても困るし、とりあえず当面の間は大丈夫そう、というのがガルクの見解だった。
『ではルオン殿。これからどうする?』
「星神への道も確認できたし、修行もある程度できたし敵の観測もできるようになった……少しくらい休んでもいいんじゃないかと思うところだが」
「確かに、今すぐ仲間を迎えに行くというのは、違和感があるな」
これはオルディアの言。うん、この場所に戻り早い段階で態勢を整えたし、ここからすぐに仲間達の所へ……というのは、さすがに急ぎすぎである。
「そうだな……決戦前だし、色んな人へ挨拶にでも行くか?」
「ルオン様、全てが終わってからでも良いのでは?」
「そうでもあるんだが……とりあえず数日くらいは休むか。ここに戻ってきても忙しなく動いていたし」
「そうですね」
『決戦前、最後の休息だな』
ガルクが言う……仲間達が戻り次第、いよいよ最後の戦いというわけだし、落ち着いて思うがまま眠れるのは今のうちだけかもしれない。
よくよく考えれば、俺自身修行に次ぐ修行だったし、自堕落な生活をしていたとか、記憶にないな。転生して、何かに駆り立てられるかのように……剣を振り魔法を学んでいた。旅の途中で体を休めるなんてことはもちろんあったけれど、今みたいに何もしなくていい、という状況ではなかった。
「……ルオン様」
ふいに、ソフィアが俺に声を掛けてくる。気付けばリチャルは俺達から離れ、オルディアも剣を携え訓練に向かっていた。
一方でソフィアとロミルダ……そしてサラが立っている。何か聞きたいことがあるのか?
「ん、何かあるか?」
「その、これを機にというか……別に知らなくても良い情報なのですが」
「うん」
「ルオン様が転生したことについて、少し聞いてみたいなと」
――転生した、という事実は知らせていたけど、詳細とかはあまり踏み込んでいなかったか。
「ルオン様が前世どういうことをしていたとか……」
「俺としては別に話しても構わないけど、正直面白くないぞ?」
「別に期待していないわよ」
と、サラから辛らつな言葉が。
「気になったから尋ねる、くらいのものだし」
「……まあ、なんというか雑談に喋るのも良いかな。ここで話をするか? それとも別の所で?」
「食堂で話しましょうか」
ソフィアの提案により、俺達は食堂に赴いた。丁度時間的に昼頃だったので、食事をしながら会話をする。
「ルオン様は転生前、何をされていたんですか?」
「んー、学生だったよ」
「学生、ですか」
「魔王との戦いが始まる段階で、転生前の年齢は超えていたからな……ああ、そういえば前世のことについては、世界がどうとか、そういう所から説明した方がよさそうだな」
そう前置きをして、俺は語り出す……ただ、そうやって話をする間に、ふと思い返すことがあった。
俺はこのゲームの世界へと転生した……実際は賢者が自らの力を用いてこの世界のことを異世界に伝播。それを媒介として俺のような人間をこの世界に招き入れていたというわけだが……真実がわかって改めて思うのは、転生前の出来事がまるで遠い異国の出来事のように感じられることだ。
生まれ変わって魔王との戦いにより動き回っていた時、俺はまだ転生前のことについて思い出せることは多かったし、ふと転生前に食べた料理とかをまた食べたいなあ、などと思い返していたりもした。でも今は……そういうことを振り返ることもなくなった。この世界に染まった……という表現ができそうだが、普通なら魔王との戦いより前の段階でそうなっておかしくないはずだ。だってその時点で前世の年齢は過ぎていたわけだから。
これは様々な戦いを経て、真実を知ったことで、俺の心境に変化が生まれたのだろうか。単なる偶然ではなく、意図的にこの世界へ転生したのを知ったから――
「なんだか便利そうな世の中ね」
転生前の世界事情を話すと、サラはそんな感想を漏らした。それに対し俺は肩をすくめ、
「俺が話した技術は、もっぱら様々な人とか企業とかのおかげだからな……例えばこの世界では魔法によって便利にできるけど、やろうと思えば自分の力で色々できる。でも、俺の前世は違う」
「便利にしてもらえるなら、そっちの方が良さそうだけど」
「そういう意見もあるけど、災害とかによって途端に崩壊するからな……前世のことを思い返してみて、確かに便利だし良かったなと思うことはあるけど、俺はこの世界についても満足しているよ」
「そっか。ま、この世界も良いって言われるのは、悪くないわね」
「……ルオン様がやっていた、ゲームについてですが」
ソフィアが問い掛けてくる。俺は『エルダーズ・ソード』のことを思い返し、
「ああ、何か聞きたいことはあるか?」
「その、この世界のことを再現していたんですよね?」
「賢者の能力によって、この世界の知識に基づいたものだったから、確かに再現性は高かったな。魔王との戦いについても賢者が見た予知の道筋……つまり賢者の血筋が魔王に立ち向かうということは明確になっていたわけだし」
「その中で私は予定外、でしたよね」
「力を手にして以降、俺は可能な限り救おうとした。ソフィアが魔王を討つ存在となったのは予想外だったし、予定外だったけれど……ソフィアが自ら選んだ道だ。なら俺は、それに応じようと思っただけさ」
ソフィアは微笑み、サラはどこか納得のいった様子だった。
「まあでも……」
俺はそう告げてから、言葉を止めた。サラが「どうしたの?」と尋ねてくるが「何でもない」と応じて話を一度切った。
でも……こうして星神と戦うなんてことはソフィアを救った時想像できなかったのはもちろんのこと、彼女と婚約するとは、さすがに想像の埒外だった。




