巨人降臨
城にいる俺とソフィア、ガルクが揃ってローデンの捜索をさらに進めようとする中で、いよいよワンラ――漆黒の巨人に変貌した存在が動き出す。
完全に人間の形へと変貌した漆黒の魔力は、一番近くにいたオルディアに狙いを定めた。この場にいる仲間の人数は多いが、力の大半を封じられた状態だ。苦戦は間違いない。
魔力無効化を解けば状況は容易に打開できると思うが、他にも潜伏している人間は多い。それを魔法が使える状態にして野放しはできないため、ひとまずこのまま戦うしか――
巨人の右腕が動く。その手には何も持っていないが……魔力がとぐろを巻き、腕の長さが伸張した。それを巨人はオルディアへ向け、振り下ろす!
だが彼は即座に軌道を見極めかわした。途端、周囲に響く重い音。石床の地面は砕け、威力の大きさを物語る。
ここでオルディアは巨人へ向かう。体の内側で魔力を循環させている状況では、外的な物理攻撃を食らうだけでも危ないが、それでも彼は果敢に進む。巨人の身長は人間の三倍程度であるため、足下へ滑り込むことはできる。まずは右か左か……足を狙い、動きを止める作戦だろう。
とはいえ、漆黒そのものが再生する可能性があるため、斬ったからといって油断はできない……と、巨人が動いた。伸ばした腕を引き戻して元の長さへ変化すると共に、足下へ突き進もうとしたオルディアへ向け、蹴りを放った。動きは俊敏で、図体がでかいからといって鈍間などではない。
とはいえ、オルディア達ならいかに速くとも見極められる程度のもの……巨人は前蹴りを放ち、それは石床を巻き込み破片が拡散する。だがオルディアは意に介さず、足下へ潜り込み、一撃叩き込んだ。
ギィン! と乾いた音が周囲に響く。硬い……どうやら漆黒は石床を破壊できたように、物質として確固たるものとなっている。
魔力無効化さえなければオルディアやシルヴィなら容易く両断できるとは思うが……、
「ガルク、確認だけどあの場所だけ魔力無効化を解くことってできたりするか?」
『不可能ではないが、それでもなおリスクが高い』
「どういうことだ?」
『我が観測する中で、どうやらあの黒い巨人についても魔力を動かしている……ああして形を成すまでは無効化をすり抜けたが、現在攻撃をする場合はどうやら無効化が機能している……下手に解除すれば巨人がどう動くかわからん』
「周囲に拡散するような攻撃が来たらまずいってことか」
『うむ』
「けど、現状オルディア達であの巨人を斬れるかどうか――」
さらなる剣戟が巨人の足へ叩き込まれた。豪快な音が響くと共に、その足にわずかながら傷がつく。
「……なるほど」
そこでオルディアは何かを理解したように呟く。同時、巨人が彼へ蹴りを見舞った。それをオルディアはかわし、一度距離を置く。
「どうだ!?」
シルヴィが尋ねる。そこでオルディアは、
「硬いが……斬れないわけではない。ある程度コツがいる」
「ふむ……」
オルディアの言葉を受け、クウザが目を細め巨人を見据えた。
「体表面に魔力は感じられない……魔法はどうだろう?」
「斬撃は金属のような皮膚で弾かれる。魔法についてはわからない」
「なら試すか?」
会話の間に再び巨人が動く。俺は俺で使い魔を総動員してローデンを探しているため、援護はさすがにできそうにない。
「まずは魔法が通用するか確認すべきだな」
クウザが提言すると、そこでオルディアは頷き――巨人が拳を振り下ろす。しかしその場にいた面々は即座に散開し、巨人を囲むような形となった。
「カティ!」
ここでクウザがフィリの隣にいる彼女の名を呼ぶ。
「そっちは魔法、使えるか!?」
「特定の魔法なら。とはいえ、あなたと一緒でほぼゼロ距離じゃないと無理よ」
「なら、ここは俺とロミルダでやるべきだな……ロミルダ、フィリの所へ向かってくれ」
コクリと頷いたロミルダは走り出す。その間にクウザは杖を構え直し、
「オルディア、シルヴィ! 援護を頼む!」
「わかった」
オルディアが承諾し、クウザは駆けた。巨人へ正面から真っ直ぐ突き進むような構図であり、当然敵は腕を動かそうとした。
しかしシルヴィとオルディアが横手に回り接近する……ここで巨人の動きが止まった。どれを先に狙うべきか……どうやら巨人自身は複雑な動きはできないらしい。ワンラが操作しているのか、それともワンラの意思で動かしているのかは不明だが、攻撃するにしても単調な動きしかできないようだ。
とはいえ、もしワンラが思考によって動かしているなら慣れればその限りではないはず……巨人の動きが止まったのを察し、クウザは一気に肉薄した。そして動かない足を杖で……触れた。
刹那、雷撃が巨人の足へと放たれた。魔力無効化の影響により、決して強力な魔法ではない……が、雷撃は金属のような素材を駆け抜け、巨人の全身を一瞬取り巻いた。体の外側に存在する魔力は無効化されたが、わずかに震える動きから、どうやら内側で雷撃が駆け抜けたらしい。
効果は間違いなくある。というよりこれは……、
「強固な外殻で体を覆っている形で、中身に直接魔法を叩き込めば、いけるな」
クウザが結論を告げた矢先、杖が触れていた足が動く。蹴りを放つ――クウザは即座に回避しようとしたが、オルディアなどのように上手くいかず、当たるか当たらないか微妙なタイミング――
「っと――!」
だがそこへシルヴィが横から割って入るように駆け抜け、クウザを抱えて巨人の間合いから脱した。
「おっと、悪い悪い」
「まったく、この戦いが終わってから本番だというのに、ここで死なれたら困るぞ」
「そうだな……しっかし、軽々と持ち上げるとは。俺、そんなに軽いか?」
「言っていろ」
シルヴィは呆れたように返答して、
「で、どうする?」
「渾身の魔法をお見舞いしてやろう……フィリ! コーリ! ロミルダの方は任せていいか!」
どういう作戦なのか打ち合わせなんてしていないが……どうするかわかったらしく、フィリとコーリは同時に頷いた。
そしてオルディアがクウザへ近寄る――渾身の魔法となれば、当然それだけ意識を集中させるため、隙ができる。それを埋めるべく、オルディア達がいるわけだ。
「俺は右足を! ロミルダは左足を頼むぞ!」
クウザはそう指示し……巨人を仕留めるべく、動き出した。




