鍛錬と強化
先陣を切ったのは名を告げたガディアではなく、周囲に展開していた冒険者達だった。その目は虚ろでありながら動きは機敏。ガディアが操っているに違いなく、リーゼとエイナの実力を確認したいという目論見だろう。
で、二人は……リーゼはハルバードを生みだし、エイナは剣を抜き放ち即座に応戦を開始。エイナがまず冒険者と刃を合わせた。
敵の動きは正確無比で、その俊敏さから繰り出された剣閃は、非常に鋭いものだった。操りつつ、無理矢理魔力を高めているのか……それは体を酷使していることに他ならず、表情には出ていないが冒険者は全身に痛みを感じているはずだ。それは最初筋肉痛のような軽いものであるのだが、長時間無理に力を行使すれば、時に深刻なダメージを受ける。
だから、リーゼとエイナがやるべきことは……エイナは一度刃を合わせた瞬間、それをいなして相手の横手に回った。正確かつ、完璧な踏み込み。相手が操られてなお対応できず、さらにエイナだけが一方的に攻撃できる時間……それが生まれた。
そして彼女の剣がきらめく……刃ではなく剣の腹で冒険者の後頭部を叩いた。直後、相手はビクンと体を震わせた後、地面に倒れる。ちゃんと顔面からではなく肩から落ちるように調整している……肝心の冒険者は、ピクリとも動かなくなった。意識を失えばさすがに操ることもできないようだ。
それなら、やりようはいくらでもある……リーゼのハルバードが一閃された。こちらも刃ではなく、腹の部分で……これでも十分痛そうだし、まともに攻撃を食らった冒険者二名は、吹き飛んで動かなくなった。
「少々手荒ですが、ご了承ください」
エイナは告げると、別の冒険者へ剣を放った……その間にガディアを観察する。平静を保っているように見受けられたが、俺は見逃さなかった。リーゼ達の実力が相当なものであると、認めるように厳しい目つきをしている。
――操られている人の能力は、決して低くない。むしろ並の戦士ならあっさりと敗れるくらいには強化されている。けれどリーゼ達は攻撃を完璧に受け流し、気絶させている。
これは二人の実力が圧倒的すぎるために起こっている。星神との戦いを想定した鍛錬は、基本的に魔力面の強化が中心だった。今回の戦いにおいては、体の内側で収束している魔力が大きく強化されているわけだが……それに加え、基礎能力向上により技術的な面も大きく強化された。
リーゼとエイナは冒険者達の動きを完全に捉え、対処している。敵の動きは鋭くとも操られている……何かしらの命令を受けているため行動が読みやすいというのも要因ではあるはずだが、俊敏な動きから考えると、例え動きを読んでも容易く気絶させるのは至難の業に違いない。
しかしリーゼ達はそれを実行している……単純な実力差だけでなく、元々の能力も隔絶しているからこその状況と言えた。
そして戦闘開始からものの数分で冒険者達の半分が地面に倒れ伏す。ガディアとしては操っている者をけしかけて隙を作ろうとしていたはずだが、その目論見が外れたことになる。
ただ、面倒な状況になる可能性はあった。リーゼ達が冒険者勢を気絶させているということは、殺す気はない……いや、助けようとしていると捉えることができる。地面に倒れる人間を人質にでもとったら面倒なのだが……いや、どうやらそれもないか。
というのも冒険者が気絶し倒れる場所は、ガディアの立っている場所から少し距離を置いている……この辺り、リーゼ達の計算だろう。まさしく、圧倒的な差がある故に結果だ。
ガディアはどうするのか……と、突然冒険者達が立ち止まり、大きく後退した。牽制するようにリーゼ達に刃を向けつつ、二人の間合いから外れた位置で待機する。
「ここを任されるだけあるな」
ガディアは妙に納得したような口調で告げる……内心ではどうするか焦っているところだろうか?
対するリーゼとエイナは足を一歩前に出した。防戦するつもりはなく、むしろこのまま仕留めそうな雰囲気。ガディアがどう考えているか不明だが、戦力をこうも短期間で削られたら思考停止だってするだろう。次の策を考える間に攻撃を……そんな目論見だって二人にはあるはずだ。
しかし――ここはガディアの方が一枚上手だった。冒険者が動き、彼を守るように布陣する。もし突撃してきたら冒険者達を盾にして……というのがありありとわかる。
ここで、膠着状態が生じた。ガディアとしては二人を突破するだけでなく、目的を完遂するためには戦力が必要だろう。研究所に冒険者を伴ったのは、ここが時を止める魔法を受け付けていないためであり、建物の中にいる人員を倒すためだ。騎士だっているため、そうした人間に備えて戦力を温存しておきたいという思惑がある。
一方でリーゼとエイナは、現段階でもガディアを仕留める策があるはずだ。しかし冒険者達がどう出るかわからない。無理をすればガディアは冒険者達を無理矢理動かすだろう。その結果、犠牲者が出ないとも限らない。
万全を期すなら、リーゼとエイナはタイミングを見極めたい……奇妙な沈黙が生じる。とはいえこのまま黙っていても不利になるのはガディアで間違いない。どこかのタイミングで仕掛けてくる。果たしてそれはいつなのか――
ふいに、使い魔を通してガディアの気配が変わったのを認識した。魔力をさらに体に叩き込み、リーゼ達を押し返そうという気概だろうか。ガディアとしては、残された策は戦力を一気に投下して押し込むのみ。これで成功しなければ研究所の制圧は不可能になるだろう。
どうやらガディアはそれをするつもりらしく、周囲にいる冒険者達も武具を構える。おそらく勝負はそう経たずして決まるだろう。ガディアにとっては決死の作戦になるだろうけど、あいにくリーゼやエイナからすればまだまだ余裕のはず……ただ冒険者達が一斉に来れば、そちらの対応に追われることになる。
果たして――固唾をのんで見守る中、ガディアが動く。彼にとって最後の作戦が、始まった。




