降臨手段
『――初めまして、エメナ王女』
ビリーが提示した通信機から、男性の声が聞こえてきた。とりたてて特徴があるわけではないのだが……人の心にスッ、と入るような優しい声音だった。
『まず、このような形で話をすることについて、申し訳ありません。本来ならば組織の長である私が出る必要性がありますが――』
「謝罪はしなくても構いません。そちらに余裕はあまりないでしょうし、本題に入りましょう」
『ありがとうございます……現在、組織内は混乱しています。ビリーから話を聞いているかと思いますが、構成員が行方不明となっている』
「人数は?」
『現在判明している時点で二十人ほどです。とはいえ、連絡のとれていない構成員もいるため、最終的にさらに増える可能性があります……現在この組織には百名ほど所属していますが、場合によっては半数以上、失踪している可能性も』
かなり深刻な話だった。
「……その中で、あなたが無事なのは何故ですか?」
エメナ王女が尋ねる。その質問から察するに、まだビリーと組織リーダーであるノヴァについて、警戒しているといったところだろう。
実際、行方不明事件は起きている。それはデヴァルスの報告を俺から聞いているため間違いないのだが、こうして話をする相手が本当にノヴァなのか……あるいは、ビリーは本当にノヴァと通信を繋げているのか、など……警戒しているっぽい。
それはどうやら相手にも伝わった様子だが……ノヴァは自身が潔白だと主張するべく、ゆっくりと話し始めた。
『調べたところ、ローデンに何かしら道具を手渡されていた者がいなくなっていました。その中の一人が所持していた道具についてこちらはこちらで回収したのですが、端的に言えば魔法を封じ込める道具でした』
「魔法……つまり、道具に予め仕込んでおき、タイミングを見計らい実行に移したと?」
『ええ。事前に計画していたのでしょう……私やビリーが無事だったのは、そもそも道具を持っていなかったためです。おそらくですが、ある程度魔法に関する知識があれば、感づかれると踏んでのことでしょう。実際、道具を所持していなかった人間は道具をもらう機会がなかった新人に加え、戦闘経験が豊富な人物だったので』
そこで一度ノヴァは言葉を切る。
『ただ、懸念が一つ……組織には協力者として精霊ウィスプがいました。しかし精霊もまた行方不明になっている』
「精霊にすら干渉できる魔法ですが」
『あるいは、精霊という存在に特攻能力がある魔法なのかもしれません』
「なるほど……あり得ますね」
『私自身、声しか届けていないため、疑うのはわかります……が、こちらとしても早急に解決すべき問題です。信用を得られるのであれば、どのような要求も受け入れます』
組織側も切羽詰まっているような感じだな……さて、こうなるとどうすべきか。
とにもかくにも、まずは行方不明者の捜索が優先か。とはいえそこに俺達の出番はないだろう。となれば、ローデンを探す……だがこれも行方不明者捜索の中で見つかりそうだし、ならば俺達は何をする?
「私達が表に出てもいいかしら」
と、近くにいたリーゼが提案した。
「星神降臨の過程はまだ不明瞭なところがあるけれど、もうこの時点で賢者が見た未来通りにはならないでしょう」
「確かに、な。それならいっそのこと表舞台に出て、率先して動くのもアリだな。ただ」
「ただ?」
「ローデンが俺達の存在を見てどう思うのか……ここで雲隠れされたら、むしろ星神降臨が早まるかもしれない」
「――ここで重要なのは、どのようにすれば星神が出てくるのか、ですね」
ソフィアが言う。俺は頷き、
「賢者の未来によれば、レノ王子に関する騒動の中で、星神が降臨する手はずが整った。賢者の未来は断片的だし、俺の知識でも把握しきれない部分はあるんだが……少なくとも事件があったからこそ、星神が出るきっかけが生まれた」
「これまでの情報を統合すれば、ローデンという存在が星神を目覚めさせようとしているのはわかりますが、手法を解明できているのであれば単独で行動に移してもいいはずです」
「そうだな。でも、それはできない……降臨のために何かが必要なんだ」
これまで得てきた情報を集積し、導き出した結論。では、その必要なものとは何なのか。
「ローデン……その人物が首謀者かはわからないが、間違いなく星神を降臨させようとしている人間だ。で、行方不明者……たぶんだけど、ローデンはこのままレノ王子に干渉しても星神が降臨する道筋に辿り着かないとわかった。よって、自発的に騒動を引き起こし、それに乗じて……という目論見なのかもしれない」
「組織の構成員を使って……とはいえそれは、レノ王子に関連する騒動と比較すれば小規模でしょうし、何より星神降臨に到達するほどの大騒動になるとは思えませんが」
「そうだな……ただ、ローデンが具体的な動きを示したことで、ヒントにはなっている」
「それは?」
聞き返したソフィアに対し俺は、
「星神に必要なもの……それは物なのか、あるいはどこかの施設なのかは不明だが、このリーベイト聖王国に存在する何かを利用している……そんな可能性が高そうだ」
「例えば王族管理の施設……レノ王子に関連する騒動により、そうした場所の警備が緩み、入れるようになる……という流れであれば、説明はつきますね」
「けれど、組織の戦力は結構強いわよね?」
リーゼからの意見。
「精霊ウィスプもいることだし、強引に攻撃を仕掛けて成功しそうだけど」
「それは警備の度合いによるな。例えば人里離れた場所であるなら、さすがに騒動を引き起こす必要性はない。護衛がいるにしてもたかがしれているからな。でも、そうではない。騒動を起こすだけの理由になる場所なのかも……そう仮定すると、自ずと場所は絞られる」
ここで俺は一つ提案をする。
「ユノーを介して、質問をしてみよう」
「組織の方々に、ですか?」
「いや、エメナ王女に向けてだ……彼女は事情がわかっているし、俺達が推測した内容でどういった場所が候補に挙がるのか、わかるはずだ」
そこで魔法を操作――ユノーだけに声が聞こえるようにして、口を開いた。




