肩を並べる者
夢はこれで終わりかと思ったのだが、まだ続きがあった。気づけば場面が転換していた。戦場ではなく、広い部屋の中だ。
どうやらそれは、客室らしい……部屋の規模から考えて、相当なVIPを招き入れるために用意されたものだ。そこに賢者がいる……加え、演説をした女性もいた。
「本当に、行くつもり?」
「ああ。魔王相手に啖呵を切った以上、やるしかない」
そんな会話が成される……おそらく戦争後、賢者は城か屋敷に滞在し、いよいよ出発するということなのだろう。
「星神……そんなものが本当にいるのかなんて思うところだが、他ならぬ魔王が俺に対して言った以上、あり得るんだろ。あの場で嘘をつく理由もないからな」
「……どのくらいまで、旅を続けるつもり?」
「わからない。星神という存在を知ってどうするのかは……その時考えるとするさ」
「なら、たまにここへ戻ってくる?」
賢者は女性と目を合わせる。
「戻ってくる、じゃないだろ? ここは俺の家でも何でもない」
「戻る……帰ってくるで間違いないわ。この場所はもう、あなたの故郷よ」
女性の言葉に賢者が押し黙った。戦いの経過を見ただけで、俺は女性と賢者の関係性についてはよくわかっていない。ただ、一つだけ……推測できることはある。おそらく目の前の女性は、いずれ賢者の血筋となる子供を産むことになるのだろう。
そこでようやく、目が覚めた。今までとは異なり、長い長い小説を読み終わったかのような、達成感があった。
「……とはいえ、星神のことがあるからな」
きっとこの先も夢はあるのだろう。とはいえ、俺は一つの区切りということで、小さく息をついた。
「封印、か……その結果、この時代に再び魔王が現れた。どうやって魔王が封印を破ったのかは……まあ、考慮しなくてもいいか」
俺は身支度をする。さて、今日はどうするか。
ユノーが敵対組織と顔を合わせるということで結論は決まったわけだが、その間に俺達は何ができるだろうか?
「……あ、そうだ」
ふと、俺は一つ思いついたことがあった。それについて相談するべく食堂へ向かう。
起床時間が少し遅かったため、人がずいぶんと少なかった。ソフィアやユノーなんかもいなかったため、とりあえず朝食をとってから行動しようと決める。
「あら? 今日は遅いわね」
と、リーゼが近づいてきた。そんな彼女に対し俺は、
「そっちはどうなんだ?」
「朝から訓練してきて、今から朝食」
「そうなのか、すごいな」
「ルオンは起きたばっかり?」
「ああ。夢がずいぶんと長かったから、その影響かもしれない」
「それは……賢者の?」
問い掛けに俺は頷き、
「詳細については、聞きたかったら答えるよ。で、俺は食事が済んだらアンヴェレートを探さないと――」
「呼んだ?」
背後からだった。パンをかじりつつ振り返ると名を告げた彼女がいた。
「……ずいぶんとタイミングが良いな」
「お水をもらおうと思って」
「水?」
「ユノーの頭が沸騰しそうだったからね」
クスクスと笑うアンヴェレート。なるほど、彼女に対するカバーストーリーを作成したわけだが……それを憶えるのに必死というわけだ。
「あー、それなら丁度良かった。ユノーについて、一つ助言というか」
「何かしら?」
「ユノー自身、戦える能力は付与するんだよな?」
「一応ね。とりあえずカスタマイズはできるし、作成したストーリーに合わせて能力を付与すればいいでしょ?」
「そうだな……その中で一つ、レスベイルを使うっていうのは?」
「あなたの使い魔を?」
正直、この大陸に入ってからはあんまり出番はなかったのだが……隠密行動が中心だったので、利用機会がほぼなかったと言えばいいか。
「ああ。使い魔だし、上手いことやればレスベイルの能力をユノーに付与することだってできるかもしれない」
「……ふむ、それなら何かしら武具に魔力を付与するのがいいかしら。あるいは、レスベイルの権能を一時的に……例えば神霊ガルクが小さくなれるように、小さいレスベイルを使い魔として見立てて動かすというのはありそうね」
「あ、それは良さそうだな……問題は、相手に気取られないかってことだが」
「そこは大丈夫でしょう。古代の技術に関する物、ということで誤魔化しも効くはずよ」
そう述べるとアンヴェレートはどこか納得するように頷き、
「ユノーの能力面について不安はあったけれど、これなら上手いこといけそうね。というよりこれを応用すれば、神霊も引き連れることができるかもしれない」
「ユノーにか……大役になるな」
俺は苦笑する。とんでもない力を付与されて、右往左往するユノーの姿がはっきりと目に浮かぶ。
「なら早速やるか?」
「いえ、まだ止めておきましょう。とりあえず役割を演じられるようになってからね」
「それに時間を費やすことになったら、レスベイルの力を付与するなんて間に合わなくなるんじゃないか?」
「そこは今から私達が検証すればいいだけよ」
確かに。俺は承諾し、二人して食堂を出た。
「私はこのことをソフィア達に伝えてくるわ」
リーゼはそう言い残して俺達とは違う方向へ歩いていった。
「アンヴェレート、そちらの目から見て、上手くいくと思うか?」
「今回の作戦? ボロを出さないようにすれば、大丈夫でしょう。ルオンは警戒しているようだけれど……少なくとも敵側に私達に関する情報がない。それを踏まえれば、いけると思うわ」
……本当に、気づいていないのか疑問に思うところもあるのだが。いや、俺が変に警戒しすぎということか?
「転生者であれば、何かおかしいと感じるかもしれないしなあ」
「ルオンは自分自身が特異な存在であるから、それを基準に警戒しているのかもしれないけれど、例え転生者であっても基本はアラン……あの戦士のような立ち位置と考えていいでしょう。つまり、能力的にあなたと肩を並べる者はいない」
「そうか?」
「ルオンほどの力を持つ者がいたとしたら、それはそれで物語を大きく動かしているはずだもの」
その言葉に、俺は頷くしかなかった……否定する材料がなかったためだ。今はひとまず、敵を警戒しつつできることをやる……そう思い、俺とアンヴェレートは検証に入ったのだった。




