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賢者の剣  作者: 陽山純樹
星の神を求める者

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漆黒と光

 行軍が始まった次の瞬間、視点が切り替わった。今までは一場面だけだったものが、今日ばかりは少し違う……どうやら賢者にとって、重要な内容らしい。

 場所は見渡す限りの平原。そこに、黒い群衆が存在していた。その規模は非常に大きく、町や都市を埋めつくさんばかりのものだった。


 それに対し、賢者達の人数は……いや、どうやら集められた者達だけで戦うわけではなかった。魔物の群れを取り囲むように、様々な部隊がいることを賢者の視線が捉える。

 とはいえ、それは決して満足な戦力ではない……近くにいた戦士が呟く。


「俺達が、俺達しか……もう残っていない、か」


 その言葉が意味することは……俺は戦場の空気感からか、それともこの時賢者が考えていたのか、明瞭にわかった。

 周囲からやってくる味方は、戦闘経験の少ない兵達……そうした者達が、潰れ役として布陣している。人数の上では人間側がやや不利というくらいの形になっているが、戦力の質という面では歴然とした差が存在しているのは間違いなかった。


 作戦としては、四方から魔王へ攻め寄せる中で賢者達が主力して突撃する……肝心の魔王は黒い群衆の中央に存在している。四方から軍勢が押し寄せているための処置だが、どうやっても敵を突破しなければ目標は達成できない。

 敵の陣形から察するに、多数の犠牲を伴わなければ絶対に達成できない戦い……そもそも賢者達だって特攻同然の攻撃を要求される。どうあがいても犠牲を出さないようにするのは無理だ。


 いや、人間側からすればここで犠牲を出さなければいつ出すんだという感じだろう。女性の演説もそうだったが、今日勝たなければ意味がない。

 これは過去の出来事であるため、俺は勝利しているとわかっているわけだが……戦況からすれば、はっきり言って絶望的だ。最後の最後に魔王を討つために用意した戦略というよりは、どうにかつないだ、苦し紛れ一歩手前という作戦だと思った。黒い群衆の周囲に続々と味方が集まってくる。数は確かに多いが、戦線をどれだけ維持できるのか。


 どこからか、風に乗って鬨の声が聞こえてきた。さらに隊列を組むための号令か笛の音。あるいは、遠くから聞こえる蹄の音……様々なものが賢者の耳に聞こえてくる。

 そして賢者のいるこの場所は――女性から声が掛かる。


「魔王を――倒します!」


 同時、賢者を含め全員が一斉に声を発し、突撃を開始した。周囲に布陣した人間達もその全てがまるで示し合わせたかのように突撃を開始する。世界を救うための戦い……極めて困難かつ、この戦場で本当にそれを成し遂げられるのか、疑う者が多かった戦いだろう。


 魔物達も動き始め、人間と交戦を開始する。戦争の火蓋を切った最初の軍は、賢者から見て右側に存在していた者達。続けざまに様々な兵団が無謀とも言えるくらい勢いをつけて突撃を敢行。敵を蹴散らして魔王へ大いに近づいていく。

 それはおそらく使用する武具によるものだ。決して精鋭とは言えない戦力だが、ここまで温存していた武具で……そういう構図なのだと理解できた。刹那、周囲から魔法の光が生まれる。魔物達を一気に減らし、魔族さえも……倒せるかどうかは不明だが、少なくとも武器の威力により対応に迫られる。それに乗じ、賢者達が魔王へ突き進む。


 賢者は一度だけ後方を見た。後詰めとして賢者と会話をした女性は突撃せず残っている。危機的状況になればおそらく向かってくるだろうけど……いや、賢者の言葉を受け最後まで残るだろうか? ただ俺としては、きっと来るだろうという不思議な予感があった。

 賢者はその間にも魔法を使い魔物を倒す。他の部隊が中核へ突き進もうとしている中、賢者達の動きは少しばかり遅い。他の部隊が猛然と突き進んでいることから、敵の目はそちらへ向けられる。そこに乗じ、賢者達が魔王へ近づくという戦法だった。


 やがて戦場の各所で魔法の光が生まれる。使い捨てか、それとも何かを犠牲にしての攻撃かわからないが、単純な魔法ではなく戦局を左右する大規模魔法の連発だった。これはさすがに魔王も対応に迫られる――

 その時だった。魔王軍の頭上に突如、風が吹き荒れ黒い雲が生まれる……いや、それは雲ではなく暗黒だろうか。戦場を照らしていた太陽を遮り、漆黒が戦場を暗くする。


「来たか……!」


 そして戦士の誰かが叫んだ。どうやらこれは幾度も見たことのある攻撃らしい。


 魔王が放つ大規模魔法……さすがに五大魔族による仕込みを行った大陸崩壊魔法の規模ではないはずだが、それでもこの戦場の状況を一変させるだけの力がありそうだ。この魔法により、崩壊した軍勢もいただろう。

 しかし――人間側は当然、対策していないはずがない。


 漆黒がいよいよ魔力を伴い動き出そうとした瞬間、戦場からいくつも光が生まれた。それは突如漆黒へ向け放たれ――まるで不死鳥が、漆黒を消し飛ばそうと羽ばたくような光景だった。

 轟音が生じた。漆黒と光が激突し、魔力が周囲を大いに満たした。賢者達はそれでも歩みを止めず、なおかつ周囲の軍勢は魔法を信じて突き進む。


 そして――光の魔法が、漆黒を砕いた。それはまるで、俺が魔王の魔法を砕いたかのような光景……過去にも同じような状況があったのだと認識しながら、俺は戦場を見回す。

 漆黒が消え再び太陽を戦場が照らした時、さらなる魔法が魔物達を滅ぼした。最初の予測とは異なり、人間側が圧倒している状況。とはいえ、これで魔王が終わるとは思えない。人間達としてもそれは予測しているようで、誰もが表情を引き締めている。むしろここまでは計画通り……むしろ、このくらいはできないと魔王とは戦えない。そんな風に感じている様子だった。


 おそらく魔王には策がある……それが何なのか予測する間に、賢者達を含め人間の軍勢は魔王へ迫る。大規模魔法を行使してはいるが、特攻のように敵軍勢を突き破っているため、魔物の数が大きく減ったというわけではない。勢いを殺されてしまえば敵陣の中に味方が孤立するような形なので、魔王としてはそれを止めてしまえば……という予測も成り立つ。

 その時、戦場にさらなる変化が。平原に新たな人間の戦力が現れる。救援……というより、この状況を見越し用意していた後詰めの部隊か。


 ここまでは人間側の……その直後、魔王が動きを見せた。


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