希望の者達
少しずつ事態が進んでいく中……デヴァルスから調査について報告が来た日の夜、俺は賢者の夢について大きなターニングポイントを迎えたことを知った。その日は夢について記憶から飛んで、デヴァルスからもらった資料を精査していて眠るまで夢のことは何も考えていなかった。
遺跡調査そのものは結構大きな発見をしたらしく、組織でも幹部クラスの人間が来るらしい……その辺りの情報や動静などに注目し、期待を込めつつ就寝して――賢者の夢を見た。
「ああ、壮観だな」
誰かが言った。場所は平原。周囲には騎士らしき人物や、冒険者達も多数いる。
どうやらここに集められているらしい……そして、周囲はザワザワとしている。様子からして、いよいよ決戦ということで決起集会でも開かれるようだ。
俺は何気なく周囲を見回す。夢の中で魔力について感じることはできないのだが……それこそ、歴戦の猛者達がこの場に集められている。そんな印象だった。
そして、ある時周囲のざわつきが消えた。見れば台座のようなものの上に立って賢者達と向かい合う女性が一人。鎧を身につけ腰には剣を差している。そして青……水色のような髪を持った人物で、その姿からなんだか神々しさを感じる。
「……ここに集いし、世界を救い続けてきた勇者達よ」
やがて女性は話し始める。どういう人物なのかわからないのだが……集められた猛者達をまとめられるだけの存在なら、王族とかそういう人物だろうか?
「今日、我々は動き出します。多数の犠牲と多くの困難の乗り越え、とうとう魔王へ挑む……この大陸を救うための戦いが、始まります」
風が吹き抜ける。誰一人声を発することなく、女性の話を聞き続ける。
「この戦いに敗れた時、大陸の未来は魔王のものになる……全てを賭して勝たなければなりません。たった一度敗北しても、次勝てばいい……今まではそんな風に言えました。しかし今回は違う。全てはこの戦いのために」
沈黙する戦士や騎士の顔を窺う。全員が思い思いの表情をしていた。女性の言葉を受け、必ず勝つと闘志を燃やしている騎士。悲劇を思い出して、悲しむような顔を見せる戦士。そしてただ淡々と状況を受け入れる魔法使い……集っている人達に統一感はない。騎士達だって装備がバラバラだ。おそらくこの場にいる人達は文字通り魔王を倒すためにかき集められた、最後の……希望の者達なのだ。
「我々は、か細い糸をたぐり寄せてきました。これまでの戦場で散っていった人達は、私達に託した……魔王を、今日討ちます。そのために、力をお貸しください」
彼女は剣を引き抜いた。太陽光に反射してキラキラと輝き始める剣。それと共に騎士や戦士は自身の武器を掲げた。女性に誓ったのだ。戦いに勝つために……命を賭して戦うと。
賢者もまたそれに合わせるように杖を掲げた。そして女性が剣を下ろすと同時に、俺達も全員武器を下ろす。恐ろしいほどの連帯感だった。
女性が台座から離れ、再び周囲がざわつき始める。その中で賢者はゆっくりと歩き始めた。人々の間を縫うように、女性が演説していた台座に対し右側へ歩を進める。
その先には天幕が一つ……その前に見張りの騎士が立っていたのだが、賢者の顔を見るなりすぐさま入り口を開けた。賢者が中に入ると、そこに先ほどの女性の姿があった。
「おや、来ましたね」
「呼ばれたからな」
賢者は答える……ふむ、敬語なども使っていないことから、知り合いらしい。
「俺の目から見てもずいぶんと様になっていた……鼓舞できたんじゃないか」
「それなら良かった」
女性は笑みを浮かべる。心底安堵するような表情だった。
ただすぐさま暗い……深淵にでもいるような、陰のある笑顔に変わる。
「死ぬとわかっていながら、私はそれを送り出すことしかできない……本当に、これで良かったの――」
「正しかったのか、証明しなければならない」
賢者は、返答ではなくそう応じた。
「今はまだ結果はわからない。魔王を倒せれば正しかった。負ければ……間違っていた。そういう話なんだろ」
「そう……よね」
「君は最後まで残っていろよ。前線に立ちたいという気持ちはありそうだが、絶対に駄目だ。どうあっても生き残る……それは、約束してくれないか」
「それは――」
女性が口を閉ざす。騎士であり、剣を握る彼女の姿から考えれば、他の人と戦うつもりだったのかもしれない。しかし、賢者はそれを止めた。
「魔王が存在するこの大陸で、どうあがいても心休まる日はないかもしれない……でも、ほんのわずかでも、勝てる可能性があるのなら、それに賭けて生き続ける……君はそういう役目だ」
「私が……希望だから?」
「ああ、そうだ。最後の血族……君がいなくなれば、何もかも途絶える。魔王に負けて、君も死んだその時……全てが終わる」
女性は何も答えなかった……賢者は夢の中で、あえて名前などは残さないようにしている。目の前にいる女性もまた同じだった。ただ、会話の内容から勇者や騎士を集めとりまとめるに足るだけの説得力を持たせる人物……賢者が生きていた当時、シェルジア大陸に存在していた国家の中で、もっとも影響力のある国の王族とか、そういう人物か。
「……それが、私の役目か」
何かを悟るような……あるいは、何かをあきらめるような……彼女の真意を探ることはできないが、少なくとも悲しんでいる……そう印象を受けるのに十分な、憂いの顔を見せていた。
「……わかった、と確約はできないかな。だって私を含め、一切合切魔王は終わらせるつもりで攻撃するかもしれない」
「そうだな」
「それならその時……か。ともあれ、約束はするよ。私は生き残る……どれだけ犠牲を積み上げても、生き残る」
「ああ、それでいい」
賢者は納得の表情を見せる。両者の間にこれまでどのような出来事があったのかわからない。だが、魔王を討つために……その一念だけは、間違いなく共通している。
彼女の方も、悲劇に見舞われたのだろう……その表情には、確かに悲しみが備わっていることを踏まえれば……色々と推測する中で、賢者は天幕の外に出る。それと共に――魔王を倒すべく、行軍が始まった。




