希望をつなぐ
竜に対し先んじて攻撃したのは賢者――雷撃がまっすぐ竜へと迫る。
それに対し敵は……その身に攻撃を受けはしたが、ほとんど効いていない様子だった。いかに古代の技術が残っている時代であっても、あれだけの力を持つ竜を倒すのは難儀ということか。
「構うな! 放て!」
賢者が叫ぶと同時、大量の魔法が竜へ向け放たれた。爆音が響き、バキバキバキと氷が奏でる音が耳に入ってくる。さらに賢者と同じように雷撃を放った者もいたようで、閃光が竜の体を一時見えなくした。
粉塵が竜の体を覆い、俺達は一時立ち止まる。結果は……煙が晴れる。竜はなお健在だった。
「さすが、といったところか……」
戦士が呟く。
「魔法がそもそも効きにくいというのもありそうだな」
確かにこの竜は魔法防御が高かったはず……ゲームのデータに沿った特性を持っているのであれば、魔法攻撃は致命傷にならない。
しかし、だからといって直接攻撃が有効かと言われると……魔法攻撃よりも通用するという程度で、弱点では決してない。
とはいえ、魔法が通用しないとわかれば直接攻撃しかないわけで……戦士が決断する。
「突撃して、皮膚に直接剣を当てるしかなさそうだな」
「しかし、それは……」
「なあ、わかってるだろ? ここまではどうにか、犠牲も少なく戦えた。しかし、あの竜を……希望をつなげるには、これしか方法がないと」
戦士の言葉に賢者は押し黙った。わかっている、という様子が俺にも伝わってきた。
「俺達は、不利な戦いを強いられている……だとすれば、誰かが無理を通してでも勝たなきゃならん」
「しかし、それは……」
「お前さんの話は聞いているよ。可能な限り犠牲を少なくしようとする……そうやって戦ってきた、だろ?」
賢者は何も答えなかった。けれど、言外に肯定しているのがわかる。
「こんな戦場でもそれを徹底しようとしているのは、さすがと言いたいが……もうそんな話じゃなくなってきたというわけだ」
「……それは」
「わかってるさ。お前さんの言いたいことは。でも、俺達は……そうやって勝つしかないんだ。だから、後は……託していいか?」
賢者は戦士を見返した。勝てるかどうかもわからない中で、特攻を仕掛ける……正直、竜の能力を知る俺からすれば分の悪い賭けだとは思う。だが、それしか道はない。
賢者は何も言わなかった。いや、言えなかったという方が正しいだろう。無言を貫き、やがて戦士は笑みを浮かべ、
「――頼むぜ」
声と共に戦士が前に出る。続けざまに騎士や兵士もまた、賢者の前に立つ。
同時にありとあらゆる場所から騎士や兵士、戦士達が姿を現した。途端、竜は吠え威嚇を行う。魔力を高ぶらせ圧をかける。
だが、それにより逃げ出す者は皆無だった……戦士が走り始める。声を張り上げ、竜を倒すべく動き出す。
それに竜は大きく息を吸い込んだ。ブレス系の攻撃……あの竜は能力は高いのだが、攻撃手段はそれほど多くなかった。しかしその中でブレス……炎を吐く攻撃は、脅威だった。なぜなら単なる火炎ではない。それは麻痺など動きを拘束するような効果さえ伴っていた。まともに食らえば、無事ではすまない。
そして竜がブレスを――それに戦士は反応し、避けた。兵士や騎士達も竜の口の動きに合わせて対応する。だが、回避しきれず当たってしまう者もいた。
「――がああっ!」
雄叫びか、悲鳴かわからない声が戦場に響き渡る。見ればブレスを食らった兵士が膝をつき崩れ落ちる姿があった。
おそらく、この戦場に立っている者でブレス攻撃を耐えきれる人間はいない……食らったら終わりの攻撃を、竜はなおも仕掛ける。それにより騎士や兵士が幾人も倒れるが、それでも突撃をやめる者はいなかった。
その中で賢者は立ち尽くしたままだった。ただ、目前の光景を眺める……戦士が言っていた。犠牲を少なく戦っている。そうした目標を掲げている彼にとって、目前の光景は悲惨そのものだろう。
けれど、今の賢者には竜を倒せる力はない……魔法が効かないとなったら、戦士や騎士に任せるしかない。そしてこの戦いにおける犠牲を無駄にしないために、動き続けるしかない。
その時そうか――と、俺は心の中で思う。賢者がなぜ自らのことについて、夢を通し知らせるのか判然としない。けれど、その一端はつかんだ気がする。
彼は、自分が決して特別な存在ではないと教えたいのだ。神話に登場する賢者は、まるで最初から選ばれたかのように語られている。しかし事実は違う。こんな風に……立ち尽くすような戦場を経験し、様々な人から託され、魔王と対峙するのだ。
もしかすると、賢者は自分でもこうだったのだから……と示し、その上で星神との戦いを見せることで、この夢を見ている人間にもできる、と言いたいのかもしれない。それがどこまで効果があるのかわからないが……少なくとも賢者という存在が決して特別ではなく、戦いの果てに辿り着いた称号なのだとわかる。
戦士がいよいよ竜へ接近した。そして魔力を迸らせ、剣を突き立てる――どうやら彼の武器も普通のものとは違うらしく、竜の体を深々とえぐることに成功したようだった。
途端、竜が声を上げる。悲鳴にもにたそれと同時にブレス攻撃を行う。下手すれば自らも焼くかもしれない至近距離で……けれど戦士はそれを回避した。
周囲には続々と騎士や戦士が到着し、攻撃を行う……竜の能力を考えれば、かなりの戦果だろう。竜一体に対し人間が多数という状況で、武具の能力を生かしダメージを与えている……けれど、竜の方はこれで終わりというわけでは絶対になかった。
さらにブレスを吐こうとする。それは今までとは比べものにならない規模のもの……魔力がこれまでとは異なり膨大だった。周囲にいる人間全てを焼き殺すべく……そこで、戦士は攻勢に出た。さらに魔力を高め、終わらせるべく剣を一閃する。
ブレスを放つ前に、決着を……それは厳しいのでは、などと思いながらも騎士や戦士は次々と攻撃を決めていく。そして竜はブレスを吐く前に動きを止める――
やったのか、などと思った矢先のことだった。戦士がトドメの一撃を繰り出すべくさらに魔力を高め剣を振りかぶる。それと同時だった。竜の攻撃が、とうとう放たれた――




