要塞都市
それから後続の魔族達をも騎士達は飲み込んで、殲滅は完了した。彼らが到着してからは恐ろしいほど簡単に勝負が決まった……なんというか、拍子抜けするくらいだった。
「これで……ひとまず終わったか」
ため息をついて騎士が呟く。魔族は全て消滅し、騎士や兵士達が安堵の声を漏らしているところだった。
優位に戦況を進めていたが、実際はギリギリだったのだろう。この様子だと魔族に対する対抗魔法についても本当に通用するのかどうか検証してはいなかったのだろう。魔王を倒すために技術開発を進め、その結果がようやく……といった段階。かなり厳しいようだが、人間側に勝機を見いだすきっかけにはなったはずだ。
「……すごい魔法だな」
賢者が声を発する。それに騎士は肩をすくめ、
「まだまだ開発中の魔法だ……賭けではあったがきちんと機能してくれて良かった。では、私達と一緒に行こう」
「……確認ですが、俺のことは――」
「知っているよ。民を救ってくれたこと、感謝する。あなたがどういう目的で魔王や魔族と戦っているのかわからないが……今度は私達があなたに報いる番だ
その言葉に賢者は――何も感情がなかった。感動も驚愕も……むしろ困惑という要素の方が大きいようだった。
人を救い続けてきた以上、こういう展開はそれほど違和感がないんだけど……当の賢者は不思議ということなのか。
「……わかりました」
賢者はそれだけ答えた。何か、心に引っかかりを感じているのは……人など救えていないという考えがあるからなのか。
確かに賢者は多くの人を助けてきた。しかしそれはきっと、魔族を倒す過程で見過ごせなかっただけであり、人を救うことが本分ではなかった。だから騎士の言葉を真正面から受け止めることができないのだろう。
そうして騎士達と共に賢者は歩き始める……そして空間が歪み、あっという間に町へとたどり着いた。
そしてそこは……予想外の光景が広がっていた。
「これは……」
それは紛れもなく俺の言葉だった。その場所は……どうやら、バールクス王国の首都であるフィリンテレスであることは間違いなかった。周囲にある山の形などはそれで間違いない。
そして、現代と比べて堅牢で高層の城壁が存在し、なおかつ山を背にして建造された城は、まるで山と一体化していると思わせるほどに改装が施されていた。それは単なる町ではない。言うなれば、決戦基地……魔王との戦いを繰り広げるために準備された、まさしく要塞都市だった。
「ついてきてくれ」
騎士が言う。賢者は黙って追随し、重厚な城門をくぐった。
目抜き通りには商店なども建ち並んでいるのだが……視界には必ず騎士の姿がある。なおかつ人々の表情も喜怒哀楽とは別の何か……確固たる決意を持って行動しているように見えた。
「……この町は、周囲の国々を始め、町や村が襲われることで肥大化している」
そして騎士が述べる。何が言いたいのかは理解できた。
「周辺にある町や村だけでなく、他国からも……この場所が魔王に対抗できるだけの力があると認識されている。そして研究を進め、ようやく魔族と対抗できるだけの手法を見いだした。それが今だ」
「さっきの魔法ですね」
「ああ……だが、あれで終わりではない。どれだけ魔族を倒そうとも、魔王を倒せなければ、意味はない」
賢者は杖を強く握りしめる。最初に宣言した場に居合わせた賢者……その脳裏には、目の前で殺された相棒のことを考えているのかもしれない。
「詳しい話は城で。あなた以外にも同じように活動している人物が集まっている。まずはそこに案内したい」
「……それは」
「単独で行動する君のことだ。そういうのは苦手かもしれないが……君も理解できているはずだ。魔王を倒すには、個の力では不可能だと」
賢者は渋々といった様子で頷いた。それは純然たる事実だった。
「もし人付き合いが苦手なら、そういう風に接することができる……その辺りは、顔を合わせてから決めてくれ」
「その……」
賢者は何か言おうとした。すると騎士は彼へ視線を向け、
「何か、別の理由が?」
「いえ、まあ、その……」
苦い表情で相づちを打つ賢者。その脳裏には、相棒の戦士が浮かんでいた。
それと共に、賢者が単独行動している理由を理解する。共に戦う仲間がいて……それを再び失いたくないという思いがあるのだ。だからこそ、一人で……そんな風に活動しているようだ。
相棒の死が、賢者にとってどれほど心に傷をつけたのかわかる事実だった。しかし今、賢者はそれを押し殺して騎士へと頷いた。
「大丈夫です……ただ、どこまでお役に立てるかは――」
「そこはじっくりと検証しよう。とはいえ、だ。私から見てもあなたは相当な力の持ち主だ。誇っていい。数々の魔族を討ち果たしてきたその能力……間違いなく、大きな力となる」
賢者はなおも無言のままではあったが、足を進めることだけはやめなかった。賢者はどうやら仲間と……魔王を討つために同志と手を組むことを納得したらしい。
おそらくこれが、賢者が後の世に語られるほどの存在となった大きな出来事……ここから、彼の物語が始まると言っていいのかもしれない。
今まではプロローグで……賢者がどんな風に戦ってきたのかを克明に理解できた。それと同時に、ここからどういう経緯で星神と戦う決意をしたのか……そこについては、気になった。
まだこの段階の彼は、魔王という存在を打倒するためだけに動いているように思える。つまり、世界を救うとかではなく、もっと個人的な理由で動いていたのだ。それがどのタイミングで変わるのか……ただ、なんとなく予想はできる。
そして騎士の先導に従い賢者は歩き続け……夢から覚める。そこから俺は、天井を見上げながら呟いた。
「仲間、か……」
今の俺は、旅を通じて知り合った人物達に協力を仰ぎ、星神を打倒するべく戦っている。それと似たような状況が賢者に起ころうとしているわけだ。
「でもどうして……星神との戦いでは、そうしなかった?」
いや、俺が知らないだけかもしれない。俺達と同じように動いていたのかもしれないけれど……その辺りも、見れるのだろうか?
マンガの続きが気になるような感覚で次の夢のことを気にしながら……俺は朝食をとるべくベッドから起き上がり、支度を始めたのだった。




