戦士の――
聞こえた声がどこから発せられたものなのか、咄嗟に理解できなかった……どうやら戦場となっている城門前の平原全体に響き渡ったものであり、賢者もまたどういう風に聞こえたのか、判然としないものだった。
『これより現れた我が眷属は、我が覇業を成すための第一歩だと知れ。怯え、恐怖せよ。この時をもって、我が力が人間を粉砕する』
それはまさしく、宣戦布告の言葉だった……声の主は間違いなく魔王……これはどうやら、魔王が現れた日を俺に見せているようだ。
『今から我が眷属が、世界の全てを蹂躙する。人間ども、頭を垂れて待て。我が支配により、世界が包まれることを』
「何だ……これは……!?」
驚愕する兵士達。どこから声を成すのか、そして魔族についてはなおも平原に立ち、ゆっくりと歩いている。その中で賢者である俺は声を耳にしながら、戦士へ視線を向けていた。
声を聞いてもなお、相棒の戦士は表情を変えていなかった。むしろ、声の主も全て平らげてやろうという気概に満ちあふれていた。
問題は彼にどれほど対抗できるのか……彼は一度素振りをする。魔力が発露し、その体が魔力に包まれる。
「なるほどな……これが噂に聞く、魔王ってやつか」
「噂?」
俺が聞き返すと戦士は頷き、
「昨今、魔族がずいぶんと人間世界に入り込んでいる……そんな話を聞いた。それはたぶん、魔王降臨の布石だったんだろ」
「もしそうだとしたら、世界は――」
「このシェルジア大陸に狙いを定めたのは、何かしら理由があるんだろうが……確実に言えることは一つだ」
彼の目は漆黒の魔族へ向けられる。
「魔王……相当やばい奴なのは間違いない。なら、目の前にいる敵を倒せなければ、戦う資格なんてものもないだろ」
「あ――」
俺は声をかけようとした。だがその寸前、戦士は魔族へ駆けた。跳躍というより、低空飛行で突撃するような体勢であり――
刹那、俺の胸の内に新たな感情が湧き上がった。それは俺が感じたことではなく、賢者が……ただそれは、この夢の出来事に対してではない。おそらくこれは、この時の光景を思い起こし、後悔しているような感情だった。
賢者は夢を見せても声を発しない。いや、夢を見せる行為そのものに意思が宿っているわけでもないため、これは後世の賢者がこの時を思い起こして残した感情なのだろう。
魔族へ疾駆する戦士。結局名も確認できなかったが……いや、昔の出来事である以上、あえて名前を出さなかったのだろう。その彼が猛然と魔族へ向かっていく。
そして彼の刃がしかと魔族を捉えた。相手は腕をガードして防ぎ、両者は一時にせめぎ合いになった。
その瞬間、俺は杖をかざした。過去、このようにしたのだろう。援護しようとしたわけだが、俺の頭の中に状況に適した魔法は思い浮かばなかった。
否、それは賢者の手持ちに魔法がなかったのだ……何もできないまま戦士と魔族との戦いを眺める。そして、
「はあっ!」
気合いを入れた声と共に、戦士が魔族を押し込んだ。いけるのでは……そんな期待感が兵士や魔術師から伝わってくる。
けれど――魔族はなおも防御し……おそらくそれは、戦士の力が緩んだ瞬間。彼が次の攻撃を繰り出そうと予備動作に入ったのか、あるいは一度仕切り直しをしようとしたのか。ともかく、戦士は距離を置こうとした。
その瞬間、戦士の力が緩んだほんのわずかなタイミング……それを魔族は逃さなかった。いつのまにか漆黒の右腕に、鋭利な爪が生まれていた。それが、戦士の体を通過する。
「……あ?」
鮮血が舞った。戦士の動きが止まり、なおかつ自分が何をされたのか、理解できなかった様子だった。
賢者の体が勝手に動く。反射的に魔法を打ち込めないか考えた。けれど、行動に移すにはあまりに遅すぎた。
悪魔の腕が、戦士の首を刈り取った。その直後、兵士の一人が悲鳴を上げ、戦場から逃げ始める。
それが恐慌を生み、兵士や騎士、魔術師でさえ魔族から一刻も早く逃れるため、背を向け逃げ始めた。その中で賢者は動かなかった……いや、動けなかったというべきか。
ただしそれは戦士がやられてしまったことによる悲しみなどではない。先ほどの言葉。相棒の戦士……それらの感情が胸の中で踊り狂い、怒りという感情により昇華されようとしていた。
とはいえ、今の賢者では絶対に勝てない相手……杖を握りしめる。それは俺が行動したことではない。過去の賢者が成したことを、再現する。意識ははっきりしているが、いよいよ体は勝手に動き始める。
「お前は……」
声と共に、一歩引き下がる。そして――魔族が雄叫びを上げると共に、賢者もまた戦場を離脱した。
――そうやって夢は終わった。同時に感じたのは、賢者の思い。
自分は、最初から強かったわけではなかった。相棒の方がむしろ有名だった。自分は圧倒的な力を持つ戦士の従者であり、それでよしと思っていた。
けれど、先ほどの夢……過去の出来事によって一変した。圧倒的な力を持つ魔族。魔王の宣戦布告。これは遠い過去の出来事だが……まるで現在、世界のどこかでリアルタイムに起こっているような錯覚さえ抱くほど、リアルな夢だった。
「……ガルク達に話をするか」
俺は起き上がる。ソフィアはこれを聞いてどう思うのか……少し気になりつつ、支度を始める。
その最中、再び夢の出来事がまぶたの裏によみがえり、俺の思考をさせる。賢者は最後、魔族に勝てないと判断し逃げることを選択した。けれど胸に抱いた怒りはとめどないものだった。おそらく強くなるために……魔族を倒すために、修行を始めるのだろう。
その過程を見ることはできるのか? そして、魔王とはどのような形で……おそらくこれは長い夢になるな。そうやって賢者の成したことを認識させ、星神の話へともっていくのだろう。
「そのくらいはしないと、星神と戦おうなんて思わないだろうからなあ」
むしろ俺は例外とみるべきだろう。もっとも、例外だった結果、こんなところまで来てしまったわけだが。
改めて自分の境遇を思い返し苦笑しながら、支度を済ませ部屋を出た。朝食をとった後、話をしよう……そんな風に思いながら、廊下を進んだ。




