些細な日常
たった一人の人間による所業で、世界が壊れていく……星神から話を聞くブレッジも、そして俺達としても異様な話だった。
内容を聞いたブレッジも絶句している。しかし、星神は肩をすくめ、
「なぜそんな風に驚いているんだい? 人間一人により世界が激変するなんて、君達にとっては些細な日常だろう?」
「……何だと?」
「これが単なる研究者だから話がわかりにくくなっているだけだよ。例えば権力者であったらどうだい? 国家元首であったなら、その人物の一判断で戦争を開始する。政策により、多くの人が得をしてまた損をする。時には、虐殺なんてものを行う……今回の場合はそれが研究者だったというだけの話さ」
……納得できるような内容ではない。ただ星神としては、同じことだと考えているようだ。
「国同士のトップが仲良くするだけで平和になるような世界だ。逆もまたしかり……仲が急速に悪くなれば、応戦を開始する。人間とはそういうものだろう? 僕に願った研究者は、憎悪を膨らませて僕に告げた……まあ確かに、世界全土に影響を与えるというのはやり過ぎかもしれないけれど、本質的に為政者の行動と変わることはない」
――星神はそもそも、人間に擬態しているだけで人間のような倫理観や価値観を持っているわけではない。だから人一人が与える影響が時として世界に及ぶ……という説明を行ったわけだ。憎悪により全てを滅ぼすなんて、俺達人間としては荒唐無稽だが、星神はあり得ると断じたわけだ。
実際それは起こっている……ただ、研究者を止めることが仮にできたとしても、いずれ星神により崩壊は生じていたことだろう。幻想樹というエネルギーはいずれ尽きる運命だった。だとすれば、星神という力に手を出す日はそう遠くなかったはず。そこから先は――間違いなく、この動画が再生されている時代の出来事が生じていただろう。
「何か質問はあるかい?」
そして星神はブレッジへ尋ねた。一方の彼は沈黙し、苦痛を伴うような表情の中、部屋の空気がピンと張り詰める。
「……どうあがいても、崩壊は避けられないか」
「少なくとも今まで通りの生活は不可能になるだろう。けれど、戦争の影響さえ受けなければ、君はこの世界の崩壊を無事にくぐり抜けられるかもしれない」
「人間同士の戦争が終われば、いよいよお前が動くのか?」
「さっきも言った通り、そのつもりだよ。けれど、そのタイミングは正直わからないな。戦争が終結したらなのか、それとも小康状態に陥ってからなのか……まあその辺りは、気分次第かな」
星神に気分などあるのか、という疑問はあるけれど……ブレッジはそうした言葉を飲み込んだ後、
「お前を倒す方法はあるのか?」
途端、星神は笑い始めた。まさか、当事者に尋ねるとは思いも寄らなかったのだろう。
「人間とは、本当に面白い。まさか僕に直接訊いてくるとは」
「お前は質問に何でも答えそうだったからな。受動的で何でも願いを叶えるのなら、こういう質問もアリだろう?」
「ふむ、確かに。それに、僕は自分の弱点を話してはいけないなんてルールはない。それに、何でも答えると表明したからね」
と、星神は一度こちら――タブレット端末を見た。
「その媒体で記録して、後世の人間に託すかい?」
「……正直、こちらはそんな後のことまで考えていない。もし、今お前を討てる可能性があるとすれば、少しでもあがこうと考えただけだ」
「なるほど、わずかな可能性というわけか……とはいえ残念だ。現状、僕を討つことができるだけの能力がこの世界にはないね」
断定する星神。そして、
「弱点か……うーん、そうだね。まずいの一番に言うとしたら、僕の本体が動けないことかな」
「何?」
「星神という存在は、この世界……星と密接に結びついているために、離れることができない。だから捕捉されてしまえば逃げも隠れもできない。それがまず弱点……というより、僕自身が抱える欠点か」
「つまり、地表などに姿を現してしまえば無防備になると?」
「僕の本体についてはそうだね。そして、もう一つ……これも弱点と呼べるかどうかはわからないけれど、星神の特性は、ある種欠陥を孕んでいるかもしれない」
「欠陥を……孕んでいる?」
「そう。星神は、地表に存在する様々なものを吸収し肥大化する。それは正も負も関係がない。ありとあらゆる力を、少しずつ吸収し大きくなる……それについて、拒むことはできない。強大な力を用いて敵からの攻撃を防御することはある。けれど、受け入れた力は必ず、拒むことなく吸収しようとする。その貪欲さにより星神という存在は強大な力を得たわけだけど、これは場合によっては諸刃の剣となる」
必ず、吸収――無論、防衛本能みたいな効果で攻撃を防ぐことはあるようだが、それを貫通して刃を届かせることができれば、攻撃が必ず当たると。
「つまり、敵意のある攻撃でも身の内に取り込んでしまえば必ず消化するということだ。人間で言えば毒キノコも毒を持つ魚も関係ない。全て一切合切食らってしまう悪食みたいな存在ということさ」
――ブレッジからすれば、それを聞いたとしても結局何ができるわけでもないだろう。雲をつかむような話であることは明白であり、困惑するしかないだろう。
けれど俺は違った。星神の特性……他ならぬ星神自身から聞いた以上、確実性の高い情報なのは間違いない。これまでは星神対策と言えど、資料を基にして構築するだけだったが、こうして情報を得たことにより、具体的な対策が定まるだろう。
俺としても、一つ明確に浮かんだ。星神を打倒する術がなんなのか……とはいえ、それを成すにはまだまだ数え切れないくらいの鍛錬が必要になる。これから時間を見つけてはそれについて検討するべきか……そんな風に考えていると、
「そうか……わかった」
苦り切ったブレッジの声が聞こえた。彼としては、これ以上情報を得ようとも無意味だと悟ったらしく、
「質問は、これで終わりだ」
「そうかい? もし良かったら、いつでも相談してくるといい」
あまつさえそんなことまで言い出す星神。それに対しブレッジは、どこまでも苦い顔で目の前の相手を見据え続けた。




