壊れていく世界
動画がまた一つ終わり、俺は次のものを再生する。ここから先は……ひどく鬱屈とした状況が広がっていた。
『この場所が収容できる限界が近づきつつある。霊脈の異常により……という言い訳もしにくくなりつつある。戦争が起きているのだから仕方がない……と言って、納得できるものではないが。真実を知る私にとっても同じだ』
そう語るブレッジの表情はずいぶんと憔悴している。
『休憩時間も、睡眠時間も日に日に少なくなっている……こうなってしまうと、さっさとこの施設が使えなくなってしまう方が楽なのではないかと思い始める……とはいえ、私は抗うと決めた。やれるところまではやるつもりだ』
動画の内容はそれだけ。これ以上は星神に関する知識はなさそうではあるのだが……俺は逸る気持ちを抑えながら次の動画を再生する。
『物資の不足が常態化してきた。医薬品も手術に関する道具も、食料もだ。戦争により物流が停滞し始めた影響だが……ひとまず、臨時で物資が届くような手筈とはなったので、内心安堵している。とはいえ、物資と引き換えに収容人数を増やしてくれと要求してくることは目に見えている。スタッフも限界近い今では正直どちらが良い選択なのか私にもわからない。しかし、私は医者である以上はやるしかない』
「……少なくとも、病院内でゴタゴタがあったとは考えにくいな」
俺は動画を見ながら一つ言及する。
「施設内で戦闘があったらあんなにキレイには残らないはずだし」
「もしそういうことがあれば、施設そのものが破壊されていたでしょうね」
ソフィアの言葉に俺を含め仲間達は頷く。
「ひとまず、今後の展開で血を見ることはなさそうだけど……」
別の動画を再生。疲れた表情のブレッジなのは相変わらずだ。
『戦火が少しずつ迫りつつある……ただ、辺境であるが故にどうにか私達は難を逃れている。霊脈の真上……山の中という立地は、こういう意味でも役に立ったというわけだ。そして、深刻な話も出てきた。国が一つ滅んだらしい』
国が……その時に立ち会った人々は、どういう気持ちだったのだろう。
『政変や、クーデタなどという話ではない。現状持ちうる戦争兵器を使い、あらゆる町や都市を蹂躙した。この場所に収容された人間の一人がその国……亡国の民であったため話を聞くことができた。彼は言う。あれは戦争ではなく虐殺だと。どうしてそこまでする必要があったのか……政治中枢にいる人間は物事の判断ができなくなったのだろうか?』
疑問を投げかけた直後、ブレッジは険しい顔になって、
『これも星神の影響なのだとしたら……どういうことを成したら、国が滅びるようになるのだろうか? そしてここから先、これ以上に悲惨なことが起きるのか……戦争は、世界全てを巻き込みつつある。とはいえ勝者なんてものも存在しない。どこの国も疲弊し、相手が降伏をしてもなお攻撃し続ける……戦争の大義も、利権も、全てを投げ捨てて国を滅ぼそうとしている。これが星神によるものだとしたら、どれだけ醜悪な話なのか』
「洗脳の魔法とかかしら?」
リーゼが疑問を呈する。確かに人間の意識を操作するというのは、洗脳とかでなければ考えにくいのだが。
「……いずれ、この世界に星神が降臨する」
俺は動画を見ながら考察を行う。
「その時、世界は崩壊するわけだが……それは文字通り星神本体による蹂躙だ。けれどブレッジがいた時代では違うようで、人間同士が戦争を行っている――」
そこまで語った時、俺は口が止まった。
「いや……今と大差はないのか」
「どういうことかしら?」
「俺達は人間同士で戦争をしているわけじゃない。けれど、戦っている……魔王と、竜と、堕天使と。あるいは魔界でも戦争が起こり、幻獣とも戦った。世界全体とは言えない。けれど、世界のどこかで戦いが起きている」
兆候、なのかは不明だが……さすがにこれは偶然ではないだろう。
「星神降臨のために、条件がいるってことかしら?」
今度はカティからの問い掛け。そこで俺は、
「俺達はこのリズファナ大陸で星神が降臨するという情報を持っている。おそらくそれは確定的だが……その過程については何かをきっかけにして、としか考えていなかった。でも、おそらく紛争が起きることによって星神が目覚めるきっかけとなるのは、たぶん正解だと思う」
「私達が辿ってきた道のりそのものが、星神を復活させる要因になっていると?」
「そうだな……とはいえ、どんな結末を選んだとしても、星神が出現する未来は変わらない。つまり俺達がどうにかしなくても、紛争は起き続けたというわけだ」
悲しい話ではあるが……これは人間の性だ。どの国も手を取り合ってというのは難しい。
星神という共通の敵が生まれたことで、俺達は結束し組織として多種族と共に研究を進めている。けれど、それは永遠に続くことはない。未来、どこかで戦いは生じる。
つまりそれは――俺は語ることはしなかった。その点については、星神を打倒した後で考えるべきことだ。
「たぶんだが……星神は、自分が目覚めるために策を施したのだろう。その最初の動きが幻想樹の消滅。それにより人間は新たなエネルギーを求める。そして星神そのものに辿り着いた」
「つまり、最初から星神が仕組んでいたということですか……」
ソフィアは結論を述べ、少しばかり驚いた表情を見せる。星神の深慮遠謀がどこまで届くのか……その点を考えているのだろう。
俺もまた同じ気持ちだった。おそらく星神は、目覚めるために様々な策を用いている。今回の降臨だって、何かしらあるかもしれない……もしかすると精霊ウィスプが人間と接触したことも関係あるのだろうか。
新たな疑問が生まれつつ、俺はさらに動画を再生する。そこは背景なども同じだったのだが……ブレッジの様子が違った。
『……信じられない気持ちだが、記録を残しても構わないと許可を得たため、私はこの動画を記録する』
何だ? 疑問に思っていた矢先――ブレッジは驚愕の言葉を俺達に向けた。
『この場所に、星神が来ている……私は真実を知る者として、かの存在と話をすることにする――』




