古の歴史
『――世霊歴四百二十年、ノージア魔導病院職員、ブレッジ=カーナーがここに記録する』
まず字幕はそういう口上から入った。動画に映っている黒髪の地味な男性……ブレッジは、おそらくカメラに向いて喋り続ける。
『霊脈を利用した治療施設の稼働はこれで三例目……これまでの成功例からここは建造されているわけだが、結果としては非常に有意義なものとなっている。私もこの病院の立ち上げから加わるスタッフの一人として誇りに思う。多くの人が病に打ち勝ち、健康的な姿になることは非常に好ましい』
そんな風に男性――ブレッジは語る。どうやらこれは日記のようなもののようだ。
『とはいえ、不便さも共存する。霊脈の干渉により病院近くに転移術式を形成することができないという点がやはり一番の課題と言えるだろう。この辺りの問題点を解決することができれば、治療希望者も多く出るだろう。現在、この隔絶とした場所に存在していることで忌避する人もいるのだから』
そう語るブレッジ。諸々の問題があるにしても、彼の表情は生き生きとしている。
『医薬品を始め、物資の輸送についてはまだまだ課題も残るが、現状問題と言えばそれだけだ。近隣の都市から次々と人間を受け入れているが、霊脈の力により快方に向かっている。とはいえ、まだまだ治療できない未知の病があることも事実。その解決のために、私達は尽力しよう』
そこで映像が途切れる。どうやら日ごとに動画が存在しているのだが……ふむ、日付そのものは飛んでいるな。何かしら思うところがあった時に記録を残しているのかな?
俺は次の動画を再生してみる。画面は先ほどと同じ。
『……遠隔通信魔法を使用し、友人と会話を行った。それによると、研究は確実に進んでいるらしい。とはいえ、やろうとしていることは偉業……いや、人類が到達し得なかったものだ。果たしてそんなことが可能なのか……疑問ばかりが募るが、私は部外者であるためその結果を見届けるしかない』
研究? 疑問はあったが男性はそれ以上語らず。そこからは今日何が起こったといった物事を語るだけで意味のないもの。ならばと俺は次の動画を再生する。
『友人が公式に発表するということで、私に情報をくれた。どうやら近い内に新たなエネルギーに関する情報を公開する……それが可能になれば、ノージア魔導病院のような場所に病院を建てる必要性もなくなる。この病院の存在価値が喪失する可能性はあるが……人々の暮らしが良くなると思えば、それを受け入れることになるだろう』
「……エネルギー、か」
俺は小さく呟く。他の仲間達は言葉を発さずただ動画を見続ける。
『友人は失ったものを再び取り戻すと語っていた。確かに……幻想樹の代替となるものが出現すれば、人類にとって大きな悲願となるだろう』
「……ここで、キーワードが出たな」
「幻想樹ですか」
ソフィアの言及に俺は頷く。幻獣ジン……彼がいる場所で手に入れた情報。古代の人々は幻想樹という巨大な力の下で暮らしていた。しかし、原因はわからないがそれが消滅し、それから国々が崩壊した。
「この病院があったのは、幻想樹が消え去った後……推測になるけど、古代の人々は幻想樹が消滅したことで、魔法技術による恩恵を受けることができなくなってしまった。いや、できなくなったまではいかないにしても、相当な不便を強いられた。だからこそ代替となるエネルギーの開発を行い、さらに魔法技術を利用して霊脈に病院を建てた」
「あのような辺鄙な場所に合ったのは、持っていた技術を利用するためだったのですね」
「そうみたいだな。古代の技術はたぶん幻想樹という莫大なエネルギーを利用していたため、霊脈などを駆使しないと駄目なものだったんだろ。なんというか、燃費が悪いということか?」
「術式そのものが、強力な反面莫大なエネルギーを使用するということでしょうね」
と、カティが俺の言葉に対し答えた。
「これは術式のあり方がそういう風なもの。私達は幻想樹なんてものが存在していないから、それを前提として魔法を編み出している……けれど彼らの術式は膨大な力に基づいている」
「根本的に魔法の設計段階から違うってことか」
「そうね。幻想樹がなくなってからは、一から魔法を作り替える必要があったはずだけれど……彼らはそうせず、別のエネルギーを探す方法を選んだ」
その結果が、国家の崩壊だろうか……なんとなく顛末を推測できそうな感じではあったが、結論はまだ保留しておく。今はひとまず動画を進めることにしよう。
次の動画もまた同じような視点。ただ、ブレッジの顔はどこか曇っていた。
『新たなエネルギーの発見……それを利用し、確かに幻想樹があった頃に戻りつつある……しかし、同時に異変も生じ始めた。このノージア魔導病院にもその兆候が現れ始めている。霊脈の性質が、少しずつ変化し始めている』
一度彼は周囲を見回した。誰もいないことを確認したのだろうか。
『……友人からさらなる情報に基づく結論だ。霊脈の変化なんてものは、まだ公になっていない。しかし、私は友人の話を聞いて調べることにした。結果、間違いなく変化が出始めている。人為的な行動による霊脈の変化など聞いたことがないし、幻想樹を用いた技術活用でも、そんな話は一度もなかった。大地の力を吸い上げる……その結果であるのは間違いないが、どこまでこの場所に影響が出るのかは不明だ』
「これがおそらく、星神の力ね」
リーゼが言う。俺も頷いた。幻想樹……その莫大なエネルギーに似たものが、星神というわけだ。
『ノージア魔導病院は、現段階で変化がない。町を訪れても何も変わらない。魔力観測所でも変化は見当たらない。霊脈に近しい私が調べたからこそ、発見できたことだ。正直、これからどうなるのか不安だ。この病院が使えなくなるとかならまだ可愛い方だろう。霊脈の変化……つまり星の変化だ。人類は……どういう道を歩むことになるのだろうか』
そう語った後、ブレッジは一度言葉を飲み込んだ。なんとなくだが、俺は彼が言いたかったことを推測できた。すなわち――大地の力は、人間が手を出して良かったものなのか、と。




