古の記憶
「これで、入手した情報は全てだな」
領主フォルナが報告を終える。場所は屋敷内の食堂。俺達が外部の情報収集を行う間に、フォルナは貴族の私兵から貴重な情報を得たわけだ。
室内には俺達に加えフォルナだけ。お茶を飲みながら会話をしており、フォルナは一口飲んでから話を続ける。
「単なる私兵というより、腹心だったようだな……それは星神の技術を用いた短剣などを渡していたことからもわかる」
「貴族としては、今回の調査襲撃に気合いを入れていたわけか」
俺の言葉にフォルナは「まさしく」と応じた。
「事前に王女の旅路について、情報を保有していたのだろう。その上攻撃が失敗続きで、場合によっては反撃される。もし王子が失脚すれば自分にも火の粉が飛んでくるかもしれない、という風に考えたらしい」
「保身のためってことか……それなら納得いくけど、だとしたら貴族はあきらめずに行動する可能性もあるのか?」
「腹心が魔物に襲撃されて、ということだから、動きは少なくともなくなるだろう。まあ伝令役もいるから動ける人間がいないわけではないが」
「現状では少なくとも、その伝令役の姿は見えないけど」
「なら、手を引いたか対応に苦慮しているということだろう。エメナ王女がここへやってくるまでに動き出す可能性は低いだろうさ」
フォルナは結論を述べた後、腕を組んだ。
「今回の一件はルオンさん達がリズファナ大陸を訪れたことに起因する……それを自分達の手で片付けた形だな」
「後はエメナ王女の旅に変化がないかを観察するだけだ……で、残された時間だが――」
言及に対しフォルナは小さく頷く。
「あまりない、というのが実情だな。賢者の予言通りの流れをとっているのであれば、目算で十日ほど……そのくらいで、この屋敷に辿り着く可能性がある。これはあくまで最短の場合だが、いよいよというわけだ」
「十日か……俺達の動き方は作戦で決まっているけど、その残された時間でどうするか」
「三つ目の情報である精霊を探しますか?」
ソフィアが問う。俺はそこで黙考する。
候補となる精霊についても調査はした。名前そのものは前世でもあった……名はウィスプ。ウィルオーウィスプという名前の方が有名だろうか。
前世だと、色々な役割があった。元々夜に彷徨う死者の魂とか、ネガティブなイメージも存在するし、そもそも精霊という概念ではないくくりだったりするのだが……この世界においては精霊と区分されている。見た目は人間……子どものような姿をしているらしい。
光っているのかは不明だけど、ウィスプはこのリズファナ大陸における土着精霊らしい。賢者の予言でも精霊に関する情報は得られなかったし、俺もゲーム最新作の体験版をやったけど、精霊のせの字もなかった……よって、エメナ王女の旅に関わりがあるかと言われると、微妙なところだ。
「賢者の見た未来の中で、精霊の話は出てこなかったわよね」
リーゼが指摘。そこで俺は、
「星神の技術……それが大きな主題となっているわけだけど、この戦いは王族同士の戦い……果ては内乱ということから、エメナ王女の戦いとしては星神そのものよりも、その技術を使う人間だから、という意味合いが大きいんじゃないかな」
「つまり星神に関する情報は、それほど重要じゃない……ってことかしら?」
「ああ。領主フォルナの屋敷を訪れる以上、エメナ王女も星神の技術について知りたいのは間違いない。けれど、それが危険なものであると認識し、王子を弾劾する……王女にとっては、危険なものであるという情報で十分なんだ。よって星神の詳しい話は聞く必要性がない」
「だから翻訳の精霊も賢者の未来に出てこなかったと……でも、どうしてウィスプは言語を読めるのかしら?」
「それについては私が調べた。説明しよう」
フォルナが言う。よって、言葉を待つことに。
「簡単に言えば、精霊ウィスプは古より記憶を保管している」
「記憶を……保管?」
「ウィスプは自分達の歴史をしっかりと管理している。その中で人間との交信記録が残っており、星神の研究を行っていた古代人にまつわることもあったというわけだ。記憶についてはある程度権限を持つ精霊ならば閲覧が可能で、その中の一体が国と関わったらしい」
「精霊が研究に参加した理由は……」
「わからないが、ウィスプはそれなりに数もいるらしいから、好奇心で人間に接したなんて可能性もあるな」
ふむ、そういう事情であれば、俺達が情報を得ることが十分できそうな雰囲気だ。
「翻訳に参加した精霊も、国と契約を交わしたかどうか……わからないが、この前提ならば私達が精霊と干渉して話をすることも可能だろう」
「確かに。でも、国と接した精霊と出会ってしまったら――」
「同種族である以上は、リスクがゼロとは言わない。ただまあ、国と関わったウィスプが現在も国と接しているのならすみかにはいないだろうし、そもそも精霊も私達が来たからといって他者に誰か構わず喋るという可能性は低いだろう」
そう言われればそうかもしれないが……有力な情報であるのは間違いないし、俺達にとっても希望が持てる内容ではある。
「疑問なんだけど、どうして貴族がそんな情報を持っていたの?」
カティからの問い掛けだった。この場合情報とは、国と関わりがあったウィスプの群れと別の群れに関する情報のことだ。
「貴族の真意は不明だが、もしかすると独自に研究を進めようとしていたのかもしれない。ルオンさん達がこの国へ来て、貴族は色々と忙しなく動いていたらしいからな」
なるほど、利益を得るために先んじて行動しようとした……その結果、エメナ王女を害そうという結論に達した……結果的に早期に潰せたのは良かったな。
「貴族はもう動かない……いや動けない以上、彼が手に入れた情報を私達が利用するのも手だ。問題はどのタイミングで赴くか……群れのいる場所は十日以内に辿り着く距離だ。往復で七日もあれば……ルオンさんならばもっと早いだろう。とはいえ、不測の事態ということもある。エメナ王女と打ち合わせをする場合は、この屋敷で、というのがベストだろう。よって、ルオンさん達はその時ここにいた方がいい。後はどうするか……判断は、そちらに任せよう――」




