異界の者
「私は、星神の内に入り込むことで星神という存在を抑え込もうとした。しかし結果は、芳しくない……というより、失敗に終わったと言っても良い」
ソフィアはなおも手紙を読み続ける。その内容は、賢者にとっても苦しいものだった。
「魔王に対し、星神を止めると告げたにも関わらず、結局私は成すことができなかった。その結果、魔王は戦争を仕掛けた。これは私の不徳も関係している」
「……さすがに、その理屈は無理矢理じゃないかな」
と、俺は感想を述べる。ただ賢者の言うこともわからなくもない。
彼が未来を変えることができていたのであれば、魔王が復活して攻撃をすることはなかった。けれど実際のところ、賢者だけで星神という巨大な存在を抑え込むことは不可能だった、ということだろう。実際星神と接触したことのある俺からすれば、それがはっきりとわかる。
絶望的な状況で、賢者自身も果たしてどこまでやれるのかわからないレベルの話……それでも彼は逃げることなく、役目を全うしようとした。
「……やがて、私自身様々な対策を生み出すこととなった。星神と一つになったことで、私にも色々と力を用いてやれることができた。その中で、未来を変えるためにはいくつか条件が必要だとわかった」
未来を変える……絶対的な未来であればあるほど難易度は高そうだし、並大抵のことではなさそうだな。
「まず、予言能力を持つ存在が、直接的に影響を及ぼすこと。私は星神と一つとなったことで既に予言能力は失われているが、私が行動したことによって変化した未来も存在していた。とはいえ、最終的な結末は変わっていないだろう、星神の脅威というのは絶対的であり、また同時に人の手で変えるにはあまりに理不尽なものだ」
賢者は自らの力で未来を変えることには成功した……けれど、本当に望んでいたものは変えられなかった。
「星神は星の中心に居座り、大地に存在する魔力を糧とすることで肥大する存在だ。この世に魔力という概念が存在する限り、その力は大きくなり続ける……それこそ、星神による破滅を食い止められない大きな理由だ」
「……仮に、魔力全てを消したとして」
と、リーゼが口を開く。
「そんなことが可能だとしても、今の星神を食い止めることはできないでしょうね」
「たぶん、相応に肥大化している以上、今から魔力の流入を防いだとしても意味がないだろうな。それに、そんな措置をしても星神が破滅をもたらすきっかけそのものを食い止めない限り、いずれ滅びが生まれる」
俺の言葉にリーゼは深々と頷いた。そして、ソフィアはなおも手紙を読み進める。
「そして予言能力を保有する存在は私と魔王だけ……広い世の中にはそうした力を持っている存在がいるのかもしれないが、星神そのものに干渉してもどうにもできなかった以上、未来は変えられない。よって、この条件による行動は無意味だ。ならば二つ目……未来の前提を変えるしかない」
前提……なんとなくその内容に推測がついた。
「これは極めて単純な話だ。星神が滅びをもたらすのではあれば、星神そのものを滅せればいい……と、口で言うのは簡単だが、それができなかったからこそ今がある。だから、それだけの力を持つ存在を待つことにした。とはいえただ待っているだけでは未来は変わらない。だから、未来を変えうる存在をこの世界に降臨させる必要があった……それが、異界の存在だ」
つまり、俺のことか。
「予言はあくまで、この世界の内に存在する者達によって紡がれる。予言の能力を持っていた私による行動で異界の者を呼び寄せたのであれば、未来を変えられる可能性が十二分に存在する……星神の力は、異世界に干渉することもできた。その力を利用し、私は異界へこの世界の情報をばらまいた。様々な人々の思念にこの世界のことを植え付けた。それはとある世界では物語となり、あるいは伝承のようになっただろう」
はっとなった。つまり俺の世界で言うならば、ゲーム。同じ転生者であるアランならば物語だ。
「私の思念により、この世界のことが何かしらの形で広まることになれば、この世界と縁ができる。そうして呼び寄せられた存在は、この世界において変革の力を持つ存在……それだけの資質を持つことになる」
「これがルオン君というわけか」
フォルナが告げる。俺は黙って頷き、
「前世で、この世界のことが物語として世間に公表されていた。それと深く接したことによって、俺は縁が生まれ転生した……」
事故により死んでしまったわけだが、深く縁ができている時に死んだからこそ、俺はこの世界へ辿り着いた……ルオンとして転生したのはどういうわけか疑問だけど……まあ前世でルオンに肩入れしていたからな。その辺りが関係しているのかもしれない。
そして同時に、明瞭なことが一つ。ゲームという媒体を通して、俺はこの世界のことを知っていたし、それを利用して強くなり魔王などと戦った。あれは、賢者の予言で見えた様々な未来の一つということなのだ。無数に枝分かれする道の一つ一つを俺はゲームを通して知っていた。だからこそ多大な知識を利用して強くなれたし、最適な解決法を導き出せた。賢者由来のものであるというのなら……全てが納得できる。
「つまり俺の魔力の質などが特殊なのは、星神の力を介して賢者に呼ばれたから、というわけか」
声を上げるとソフィアも「そのようです」と同意する。そこで俺の方をチラリと見たのだが……思うところはあるのかどうかってことか。
「俺自身、元々前世では死んでいた……その結果、ここに来た……そういうわけだから、賢者のやり方について理不尽だ、などと嘆くことも怒ることもないさ」
それに――多くの苦難があったけれど、この世界で俺は強さを得て英雄となった。前世ではあり得なかったことを成し遂げた……ということを考えれば、俺はとても恵まれていたと言っても良いかもしれない。
もっとも、本当に良かったのかは、星神がもたらす未来を防いだ時に決まるだろうか。それを果たしてこそ、俺という存在がこの世界で証明される……と、言えるのかもしれない。
俺の役目は理解した。なら、それに邁進しよう……心の中で決意した時、ソフィアはさらに手紙の文面を読み進めた。




