世界の未来
「魔王自身、予知能力を持っていたといってもそれは断片的な情報だろうと賢者は考察していた」
フォルナは俺達へ向け、さらに話を続ける。
「もし魔王がつぶさに未来を視ていたのだとしたら、勝負は魔王側に傾いていたはずだ……封印される理由もないからな。だから賢者との戦いの結末についてはわからなかった。魔王が知れたのは、遙か彼方の未来――星神によって破滅する世界のありようだった」
「それを賢者も手に入れた予知能力で見た、と」
俺の言葉にフォルナは「そうらしい」と答えた。
「では賢者が見えていた未来はどのようなものか……例えるなら道だ。世界の未来というのは、いくつもの道が存在し、枝分かれしている。例えば、そうだな……シェルジア大陸における人類と魔王の戦いで、人類が勝つか魔王が勝つか……そういった大局的なものから、ある魔物の討伐を騎士が担うか、傭兵が担うか……そんな細かいものまで。道の数は無数にあり、私達は営みを通じてそのどれかを選び、進んでいる……ただ、細かい違いはあれど、大局的な道筋というのはいつも一つか二つといったところらしい」
えーっと……この場合はゲームで考えるとわかりやすいだろうか。魔王との戦い……主人公五人の誰かが魔王を打倒するという目標で動くわけだが、主人公達がどのように動いても、最終的に魔王を倒すか負けるか……その二つに道は繋がっている。
「そして、大きな結論が一つ出たら、また道が無数に分かれ出す……そうしてまた大きな結論に辿り着く、というサイクルの繰り返しによって私達は未来へ進んでいる。だが、その果て……数え切れないほどの大きな選択肢を経て、辿り着く結論は常に一つだった」
「それが、星神による世界の崩壊」
俺は先読みして呟く。途端、部屋の空気が重くなった。
「その通りだ。魔王の見た未来の果て……そして賢者が見た未来の行く先……それが星神による世界の終末。しかもそれが、今からそう遠くない出来事であるらしい」
「……らしい、というのは?」
「現在、星神と一体化したことにより、賢者はその能力を失っている。彼は過去に見た未来に基づいて、様々な活動を行っている。私の所へ訪れたことも、その内の一つというわけだ。よって、彼の行動によって未来が変化した可能性もあるが……現状では、世界の終末が訪れることは変わらないだろうな」
……なるほど、大体見えてきた。賢者の見ている構造が。
たぶんだけど、彼はゲームで例えるなら重要イベントを把握して、フォルナへ干渉したのだ。今回の物語……ゲーム六作目に該当する『ディスオーダー・クラウン』については、その結末と物語の大まかな流れを把握している。で、エメナ王女は間違いなくここを訪れるわけだが……それを理解した上で賢者はフォルナへ情報を渡した。
ただ疑問は残る。そうなると俺達の存在はどういう扱いなのか……。
「その中で、この箱を託された……これは複雑な術式で開かないようになっている。鍵などもないため、どのようにすれば中を確認できるかは不明だ」
「俺達に残したもの……で、いいんだよな?」
「賢者の指定した人物である以上、おそらくそうだろう」
なら……俺は箱に手を伸ばす。持ってみるとずいぶん軽い。小脇に抱えられる程度の重さなので、当然と言えば当然なのだが。
見た目は木製の箱みたいな感じなのだが、確かに魔力が存在している。淡いものなので無理矢理壊すことだって可能かもしれないけど……さすがに中身が壊れる可能性があるし、まっとうなやり方で開けることにしよう。
「とはいえ、とっかかりが何もないな」
「貸して」
カティが言う。俺が差し出すと、彼女は受け取りしげしげと箱を眺める。
「魔力が存在しているのは間違いないわね……ふむ、たぶん魔力を流すと開錠するタイプではないかしら」
「わかるのか?」
「魔力の特性からおおよそは」
「先に言っておくが、私の魔力を流しても無意味だったぞ」
フォルナが言う。というか試したのか……まあ、中身を確認したいのは人情というものか。
俺はカティから再度箱を受け取ると、魔力を流してみる。すると、反応があった。箱を持っている手に、何か魔力がまとわりつく……魔力で箱を開けるべきか判断しているということか?
前世で言うところの指紋認証に近い感じだろうか……さて、結果は――
「……反応がないな」
「ルオン相手ではないってことかしら?」
おいおい、ここまで来て……。
「しかし私はきちんと適合した人物を選抜したと自負しているが」
フォルナが言う。うん、条件に当てはまる人間であることは間違いないのだが、
「そもそも星神のことをここまで知っている人間であれば、間違いなく賢者が求める人物だろう」
「だと思うけどね……うーん、こうなると――」
「あの、ルオン様」
ここでソフィアが手を上げた……と、俺も気付く。
「あ、そうか。ソフィアか」
より具体的に言うならば、賢者の血筋……うん、確かに何の縁のゆかりもない俺ではなく、賢者の血筋を開錠する対象にする方が理に適っているな。
ソフィアに渡すと、彼女は魔力を流す。刹那、反応があった。パキン、と一つ乾いた音が上がった。次いで箱の表層に存在していた魔力が消えていく。
「これで開きましたね」
「この場の面子から見ると、リーダーはあなただろう」
と、フォルナが俺のことを指差して言う。
「しかし、対象者は別の人間……どういうことだ?」
これを話す場合、ソフィアの素性とかを喋らないといけないんだが……どうしようかとソフィアへ視線を送ると、
「良いのではないでしょうか」
「まあ、ここまで来たし、賢者の関係者なら構わないか」
ということで、フォルナへ簡潔に説明。すると彼女は手を叩き、
「なるほどな。賢者の血筋……賢者がどういう人間に対し施錠したのか納得できる。そして、この場にいる面々はまさしく英雄……そういう者達だとは予想もしなかったな」
「他言無用で頼むよ」
「わかっているさ……さて、いよいよ賢者が託した物を拝見できるわけだが」
俺はソフィアへ視線を投げる。彼女は頷いて箱を開ける。その中身は――覗き込むように視線を向けると、意外な物が箱の中に存在していた。




