ある事実の欠落
「待たせたな」
そんな言葉と共に現われたのは、小脇に木箱を抱え白衣を着た女性……女性? 金髪は長く、確かに言われたら女性に見えるのだが……声はやっぱり中性的だし、なおかつ容貌が格好いいという形容が似合うもの。ずいぶんとゆったりめの白衣を着ているため体のラインもほとんどわからないし……うん、エイミに性別を聞いていなければどちらかわからないな、これ。
「領主のフォルナだ……さて、唐突な申し出による来訪。こちらとしては申し訳ないと思いつつも、そちらの望みに叶った情報を出せるよう、善処しよう」
「どうも……ルオン=マディンだ」
歩み寄って自己紹介。そこでソフィア達も相次いで名を名乗る……ただまあ、ソフィアとかリーゼは偽名なんだけど。まだこちらの事情を全て出すには早い。
「さて、交渉事であれば最初は世間話の一つでもするのだが、今回はさっさと本題に入った方がよさそうだな。それでは君達が求める話……星神について。その中で私に対する来訪者が残した物についても言及しよう」
小脇に抱えている物がそれなのか? 疑問はあったけどまずは話、ということなので全員がソファへ座る。ただ客室に設置されたものとはいえ、五人も並んで座れないので、リーゼとフィリはフォルナの両サイドに座ることとなった。
全員が着席した後、フォルナは箱をテーブルの上に置いて、話し始める。
「まず私が星神について知った経緯からか……といっても、それほど大した話ではない。私は元々、竜族の血を引いている身であり、常人よりも長寿なのだが、その中でライフワークのようなものを得たいと考えた」
「……ライフワーク?」
聞き返す俺。フォルナはそこで「ははは」と笑う。
「長い寿命の中で、没頭できる何かを得たいと思ったのだよ。もっともこれは普通の考え方ではないな。本来ならば答えを得たい研究が存在し、それに没頭するために学問に勤しむのが普通だが、私は生涯研究できる何かを得ようとするために、学問に触れた。つまり逆だな」
……なんというか、浮世離れした御仁だな。そんな内心の感想をわかっている、とでも言うようにフォルナはにんまりとする。
「そちらの視線で、考えていることはおおよそわかるが、今は捨て置こう。その中で、私は人間の歴史……というより、この世界の歴史に興味を抱いた。様々な大陸に眠っている数々の遺跡。そこに存在する古代文明と思しき痕跡……私が生涯をかけるにふさわしい題材であると判断した」
「……最初から興味はなかった?」
俺の言葉にフォルナは視線を重ねる。
「最初から、とは?」
「遺跡とかに興味があって、調べようとしたのではなく……」
「研究テーマが面白いと感じたから、調べ始めた、だな」
「なるほど……」
現在進行形で没頭していることから、ライフワークにしているという目標は達成されているからいいのかな?
「その中で私は興味深い情報を見つけた。というより、古代文明に隠されたもの……なぜ遺跡に眠るような文明が滅んだのか。それを紐解く情報だ」
「それが星神だと」
「そうだな。私はそれに興味を持ち、調べ始めた。あなた方が星神についてどの程度情報を持っているのかはわからないが、私から述べさせてもらうと……この世界は幾度となく、星神によって滅ぼされている」
――何も知らない人からすれば、荒唐無稽の話であることは間違いない。しかしこの場にいる俺達は、その事実を黙ったまま受け入れる。
「原因については、推測しかできない……なぜなら遺跡内にそうした情報が欠落しているためだ」
「欠落……?」
首を傾げる。とはいえフォルナは結論を得ているようで、
「そう、欠落。遺跡内にはそうした情報が存在していない。星神にまつわる情報が眠っているケースはあるし、例えばあなた方が住むシェルジア大陸には、天使が作った遺跡があり、その中にも星神に関する情報が確かに存在する」
アンヴェレートとかは、まさに当事者だな。
「この大陸に存在する遺跡は人間の手によるものだが、天使の遺跡と性質は酷似している。ただ年代はどうやらこの大陸の遺跡の方が古い……とすると古代の人間の遺跡を天使が模倣したということか」
この辺りはデヴァルスからの情報からもわかっていることだな。そして模倣については……幻獣ジンの語った内容……魔族や天使の起源が兵器開発によって生まれた事実を踏まえれば、納得のいくものだ。
「ここで少し奇妙に思わないか? 年月の経った私達が遺跡を調べれば出てくる過去の手がかり……つまり時代が進むことによる風化を耐えられるだけの技術があったわけだ。ならば、突然歴史が途絶するような状況であっても、記録くらい残っているはずだ。だが、文明崩壊の原因については、まったくわからない」
確かに、おかしな話ではあるな……アンヴェレートとかもその辺りは語らなかった。古の時代の崩壊はわからないということか。
「そして、もう一つ面白いことがわかっている……そうした古代文明の人間。本来ならばそれが私達の祖先だと考えるはずだ」
「……違うのか?」
「文明が崩壊して以降も人間が生きていたからこそ、私達はこの世界で生まれているわけだが、どうやら事情は少し複雑だ。古代文明の人間……その中で、縁の遠い者がどうやら私達の祖先らしい」
……なんだか曖昧だな。ただなんとなく言わんとしていることはわかる。
「つまり、星神にまつわる関係者は星神の影響によって滅んでしまった、ということか?」
「ああ、そういう風に考えることができる……が、もう少し真実は違うと私は思う」
情報がないから推測の部分が大きいんだろうけど……ただ、彼女はライフワークとして調べただけの情報がある。一定の説得力があると考えて間違いないだろうか?
「滅んだ後の情報が途絶し、なおかつ文明そのものと縁が少ない存在が私達の祖先。そうした情報を手に入れて、私は一つ結論づけた……星神によって文明が消失したのは間違いない。だがそれは局所的なものではない。この世界全て……あらゆる大陸で同時に……この星全てで生じた出来事だった。だからこそ、あらゆる遺跡で滅んだ後の情報は存在していないわけだ」




