領主と情報
エイミの案内による旅路は、特段障害などもなく順調に進んでいく。本来は片道十日ほど要すると彼女は語っていたわけだが、俺達が意識的に早めた結果、それよりも前倒しする形で日程を消化。フォルナという人物が待つ領地へと辿り着いた。
ここは一応、リーベイト聖王国らしいのだが……位置的には端の方であり、目の前には標高のある山脈と森林が見えている。
「自然豊かだな」
俺の言葉に対し、エイミは苦笑して、
「はっきり言えばいいじゃない。何にもない田舎だって」
「……別にそう卑屈にならなくても。ただ、これなら確かに研究に勤しんでも文句は言われ無さそうな環境だな」
「実際主の仕事量がどれほどのものなのかわからないけど、まあ町と言える場所がないし、統治するには人口が少ないから楽ではあるわね」
エイミはなおも笑いながら語る……この旅路で彼女ともずいぶん親交を深めた。まあ彼女から有益な情報を得られるわけでもないため、もっぱら雑談に終始していたのだが。
彼女の情報により、大陸のことについてもある程度知ることができた。この知識が役立つことになるのかはわからないが、記憶して損はないだろうと思う。
「さあ、着いたわね」
エイミがようやく、といった雰囲気を見せながら俺達へ告げた。森の中にある坂を進んでいく――しかもそれは曲がりくねっており、徒歩であれば相当な時間が掛かりそうなものだが……俺達はようやく、屋敷へと辿り着いた。
岩壁を背にして建造されたその建物は、豪華とか美麗よりもまず威圧感の方が強い。この屋敷へ踏み込む際は用心しろ……あるいは心構えをしろと語っているような気がした。
屋敷入口で馬車は停止し、俺達は玄関へ。両開きの扉の前にエイミは立つと、ドアノッカーをコンコンと鳴らした。
五秒ほどして靴音が聞こえてきた。そして扉が開き中からはメイドが現われた。黒髪の、年齢は二十代半ばといったところだろうか? きっちり整えられた衣装とメイクが、華やかさなどではなく厳格さを表しているようだった。
「ただいま、主の指示により、客人を連れて来たわ」
「話は聞いております。皆様、遠路はるばるようこそお越しくださりました。客室へご案内致しますので、中へお入りください」
歓迎しているような感じではなく、完璧に事務的な声音……たぶん普段からこんな感じのトーンなのだろう。仕事人間って感じかな?
とりあえず中には入れてくれるので、俺達は室内へ。エントランスはそこそこに広く、なおかつ小綺麗な印象。メイドは真っ直ぐ廊下を突き進み、奥にある一室へと俺達を案内した。
「ここでお待ちください」
通されたのは広めの部屋で、扉の反対側には一面にガラス窓が。その奥には中庭が存在しており、さらに中庭の向こう側には岸壁が存在していた。
中庭そのものは、花などが植えられていて鑑賞できるようになっているみたいだが……この屋敷の主のやっていることを考えると、この部屋が活用されたケースは果たして如何ほど存在するのか。
「それなりに歓迎されているということかしら」
リーゼは呟くとソファへと腰を下ろした。
「ひとまず待ちましょう。ここまで来た以上は慌てる必要性はどこにもないし」
「そうだな……」
返事をしつつ窓へ近寄り中庭を眺める。そこで俺はあることを思い、ふと飛び回っているユノーへ呼び掛けた。
「ユノー、ガルクと連絡をとる」
「はーい」
返事により彼女は近づく。すぐさま準備をして回線を繋ぐと、
『む、ルオン殿か。馬車の旅は終わったか?』
旅の途中で既に状況は報告してある……今回通信するのは向こう側の情勢を確認するためだ。
「ああ。部屋に通された。数時間で情報はもらえると思う」
『それが核心的なものであることを祈るとしよう……こちらの近況を知りたいのだな? といっても変化はない。それと、星神に関連していくらか研究も進んだ。戻ってきたら良い報告ができると思う』
「それは良かった。引き続き、作業を進めてくれ」
『うむ……それで、エメナ王女については?』
「ああ――物語は、始まった」
話の展開は、まさにゲームの通りだ。霊峰を訪れた際、エメナ王女は魔物の襲撃に遭う。それに対しゲームの主人公である人物が助けに入り、難を逃れる。魔物は王女をどこかへ連れ去ろうとする動きを見せており、このまま戻ればリヴィナ王子に殺されるとして、証拠を見つけるべく動き始める。
現時点でまだラディとシルヴィはまだ動いていない。なおかつ旅の途中でも連携はとれている……ひとまず助けが別に入ったのでまだ動かないで欲しいというのがエメナ王女からの指示だった。距離を置いてシルヴィ達は観察しているが、旅そのものは順調らしい。
「後はどのくらいで王女の旅が終わるのか……それによるな」
『ふむ、そうか……もしここで重要な情報を得たのであれば、どうする?』
「情報の内容にもよるな。星神に対しアクションを起こす必要性があるのであれば、俺達はさらに動かなければならない。もし必要ないのであれば、このまま物語の推移を眺めて帰国だな」
そんな上手くはいかないんだろうけどな……俺の内心の呟きをガルクは察したか、
『こちらはいつ何時動けるよう、態勢を整えておく』
「ああ、それで頼むよ……帰国した後も、ひたすら激動の日々が続くかもしれないな」
『かもしれんな』
そう言ってガルクは通信を切った。この会話は仲間達もバッチリ聞いており、
「ここで得られる情報次第、ですね」
ソフィアが述べる。俺は深々と頷いて、
「ま、星神に関することを知っている領主だ。少なくとも資料漁りをしているよりも確度の高い情報を得られるとは思う。それに、ここにはそうした資料があるというのなら、それを見せてもらうのも一つの手だな」
「もし研究成果を見せる場合、対価を必要とするならどうしましょうか?」
「相手が何を求めるかにもよるな。場合によっては俺達の身分を明かして交渉する必要性が出てくるだろう」
ただまあ、ここの領主から俺達のことが漏れる可能性は低いだろう。星神のことを隠すような素振りを見せているし、秘密などは共有してくれるはずだ。
そんなことを考えていると、廊下から靴音が聞こえてきた。いよいよだと思いつつ入口を注視すると、扉がゆっくりと開いた。




