領主のこと
俺達は宿を出て、エイミの案内に従い町中を歩き出す。片道十日ほどの日程……その理由は、どうも辺境にあるためらしかった。
「終始馬車を使って移動するから」
「どこかで借りるのか?」
もう丁寧である必要はあるまいと普通の口調でエイミへ尋ねると、彼女は首を左右に振った。
「馬車を停泊させているのよ」
「……周到な準備だな。でも、俺達が二十人とかいたらどうするつもりだったんだ?」
「さすがに少人数で、ということになるでしょうね。往復で二十日ほどだから、待っていてもらうのが得策ね」
そんな人数で旅とか厳しいし、ここは特に考慮していなかったのかもしれないけど……彼女の言う通り、町の入口に馬車は停泊していた。それに乗り込むと……内装はずいぶんと高級感がある。
「ここからは旅を楽しんでもらえればいいわ」
そんなコメントと共に彼女は御者台へ。そして手綱を握り、彼女は馬を走らせる。
御者台へは小さな窓が存在しており、それを開閉することで会話ができる。閉め切っていれば会話をしても問題ないのか? 現在は窓が開いており、彼女に話し掛けることもできるのだが。
「何か質問があれが受け付けるわよ? ただ、私は今回の一件について詳しく知らないけれど」
俺の心を読むかのようにエイミが告げる。そこで俺は小さく息を吐き、
「じゃあ質問するけど……あなたは屋敷主人であるフォルナさんが何をしているのか知っているのか?」
「一応は。表向きは領主をしているのだけれど、それはあくまで必要最低限のことだけで、後は研究に没頭しているわね」
「……必要最低限、って」
領民からしたらあまりよい働き方とは言えないけど。
「一応断っておくと、領民からの評判は上々よ? フォルナ様は研究を苦情なく行うためにバンバン良い政策を打ち出しているからね」
「統治能力は高いってことか」
「その代わり、屋敷の修繕費用とか、細かいところが削られているけど」
……身を削るというより、自分のことにあまり関心がないって感じだな。
「そんな風に節約しても、歳出カットとしては微々たるものだから、その多くはフォルナ様の治世の上手さから出ている結果だけど」
「それなら、まあ……あなたのような使用人は他にも?」
「屋敷専属のメイドが数人。けれど、フォルナ様の研究に携わっている人はいないわね」
「もしかして、一人でやっているのか?」
「ええ、そうよ」
星神に関する研究が、どれだけ危険なものかを認識しているってことか?
「……よっぽど世間に知られたくないってことだな。それじゃあなぜフォルナさんがそんな研究をやっているのか、理由は知っているのか?」
「私が屋敷に入って仕事をし始めた段階で、既に研究に没頭していたからね。深く詮索していないし……ただ、あの方の妄執みたいなものを感じ取ることはできた」
「妄執?」
「資料の数よ。あなたが訪れていた図書館……あれとは比較にならないだけの資料が存在する」
「……どこからそんな資料が?」
「私にもそれはわからないわ。ただ、周辺の遺跡を漁って得たにしても、多すぎた量だけど」
……領地の周辺にある遺跡を調べ回っただけではない、ということか?
「屋敷勤めしている最古参の人に話を聞いてみると、この屋敷に入った時点で存在していたらしいから、おそらく領主になるより前からずっと調べていたのではないかしら。あるいは、前領主からの引き継ぎ物、とか?」
……もし前者であったのならば、フォルナという人物は領主になる前はそれこそ学者として遺跡を調べ回っていた……資料の多さは想像しかできないけれど、俺が入っていた図書館よりもずっと多い……となれば、下手するとこの大陸どころか他の大陸にまで足を運んでいたかもしれない。
後者……つまり前領主からの引き継ぎだった場合は、前領主がフォルナの研究していることに目をつけ、資料を提供する代わりに領主をしてくれとか、そういう経緯があるってことか?
「ちなみにフォルナって人の年齢は?」
「聞いていないけど、見た目は若々しいわよ。というより、少し人間じゃない血が混ざっているみたいで」
「竜とか?」
「詳しくは聞いていないからわからないけれど……」
ふむ、ということは長寿な種族ってことか? 人間が生きる寿命より長い命を持っているのであれば、色んな場所に足を運んで調べ回ったというのも頷ける。
「あと、そういえばもう一つ」
「ああ、わかるわよ。男性か女性か、でしょ?」
俺の質問を先読みするエイミ。そこでリーゼが首を傾げ、
「わからなかったの?」
「声だけでは……年齢も想像できなかったし、なんというかつかみ所がない感じだった」
「そうね。仕事をしている私も同じように思うわ……性別は女性よ。ただ、見た目からして男性っぽく見られることが多いけど。女性という雰囲気がまるでないのよ」
「着飾るとか、そういうことをしない人ってことだな」
「ええ、まさしく」
領主にまでなっている人であれば、対外的に色々と折衝とかやる必要性だって出てくるだろうし、それなりに服装などに気を遣いそうなものだけど……。
「公的な場であったなら、綺麗なドレスを着ることもあるけれど、自分ほど似合わない人間はいないだろ、とフォルナ様は自ら言っている」
ますます人間像がわからないけど……ま、顔を突き合わせればわかるか。
「私から話せるフォルナ様のプロフィールはこのくらいかしら。他に質問は?」
「そうだな……今回の話の中で、関係者が一人いる。フォルナさんに尋ね人がいたらしいけど、何か知っているか?」
「うーん、お客さんの応対は私がいないときの場合はメイドの誰かがやるからなあ……記憶にないし、他の人が屋敷内に通したのではないかしら?」
「……さすがに初めて訪問した人かだったら通しはしないだろ。少なくとも、知り合いじゃないと。それならあなただって何か知っているんじゃないか?」
「心当たりはないわねえ……可能性として考えられるのは、領主をやる前からの友人とか、かしら。それならフォルナ様は名前を聞いて通すはずだから」
うーん、フォルナの言動からそういう可能性もなさそうだけど……何も知らないというのであればこれ以上尋ねてもここで答えは出そうにない。俺は質問を打ち切ることにした。




