害する存在
「……魔王と戦った方々ならば、私の考えはお見通しということでしょうか?」
エメナ王女からそんな疑問が口を突いて出た。それに俺は、
「普通の人ならば気付かない程度だと思う。俺達が気付けたのは……なんというか、立場が違うから、というのも関係している」
「立場?」
「例えば、この国の王族についてもっと詳しく調べていたら……この国の事情に踏み込んでいたら、気付かなかったかもしれない。この国の問題を予め知っていたら、何かしらその辺りのことで憂慮しているのかも、と考えてここまで踏み込まなかったかも」
「なるほど……まっさらな状態で私と接し、何かしら思うところがあった、ということですね?」
俺はコクリと頷く。次いでソフィアが、
「もし良ければ、聞きますよ……それがどのような内容であっても」
「それは――」
「私達なりに考えた上で、聞こうとしています。絶対に他者へ漏らすことはありませんから」
その言葉で、エメナは小さく息をついた。
「……かなり、後ろ暗い話ですよ」
「構いません」
「なぜ、そこまで?」
「もしそれが国の問題に関することであれば、手を貸すことで私達に利があるかもしれないことが一点。それに……同じような立場のあなたが陰のある表情を見せること……なんというか、私達自身、自分に重ねてしまったのかもしれません」
「同じような立場の人だから、何か手助けできることはないか……ということね」
リーゼが続く。エメナは「わかりました」と答え、一時沈黙する。
まあ自分が誘拐されるなどという話を話すのは、さすがに勇気がいるとは思うけど……ただ、やはり彼女なりに思うところはあるようだ。あるいは、この国の人に頼ることができないから、一縷の望みを持ってか……ともあれ、エメナはようやく口を開いた。
「……確信を持っているわけではありません」
そう前置きをする。ただ不安な表情を浮かべている以上、何かしら推測できるだけの材料があるはずだが――
「ただ、おそらく……私はこの旅により、この都の……王城の土を、踏めなくなるかもしれません」
「あなたに危害を加える方がいると?」
ソフィアからの問い掛け。するとエメナは、
「偶然、私に関する資料を見つけました……どうやら今回行う旅を利用して、何か行動する勢力があるようです。恨まれるようなことはしていないはずですが……」
「誰の仕業か、ということに関して推察は?」
今度は俺からの問い。エメナは少し考え、
「誰なのか、についてはある程度推測はしていますが……断定できる証拠があるわけではありません。よってここで語るのは差し控えたいと思います」
これは仕方がないか。決定的な証拠でもない限り、犯人をどうにかするのは無理だろうし。
「ともかく、そういう情報が見つかった……しかも王城で」
「つまり、城内にいる誰かが敵だと」
「はい。資料を見つけたのは単なる客室……見つからないよう密かに置かれていたので、常日頃秘密裏にそうしたやり取りをしているというわけです」
なるほど、な……状況は理解できた。エメナ王女をどうにかしようとする勢力は、政治の世界へ入り込んでいる……これならまあ、王女を誘拐するための手はずを容易に整えることはできる。
もっとも、それ以上のことはわからないのが実情。例えばただの騎士が王城内で情報が漏れないようやり取りするのは困難を極めるだろうから、それなりに地位のある人間だとは思うのだが。
「王城内にいることも危険なのでは……そう最初は思いましたが、特段干渉してきませんでした」
「あなたが孤立するのを待っているのよ」
と、リーゼが語り出す。
「城内で事を起こせば当然ながら大騒ぎになる。それを回避するために、あえて待っているというわけ。こういう言い方は少し申し訳ないけれど、旅をすることは確定である以上、そこが最大の狙い目になっているわけね」
「そう、ですね……だと思います」
「護衛については?」
「従者であるジャック一人です」
ゲーム通りではあるのだが……なんというか、現実になってみると不用心である。
「場所は都からも離れているのですが、基本的に安全な道筋を辿るので」
「具体的な取り決めはないけれど、慣習により護衛は少ないといったところかしら……確かに、これは面倒ね」
リーゼの感想にエメナは小さく頷く。
護衛をさらに要請する、というのは現状では難しい……というか、なぜ護衛を増やすのかと疑問に思われるわけで。その理由も語ることはできないばかりか、敵が王城の内側にいるのであれば、護衛を増やそうとしている情報が相手側に伝わることは必定。であれば、展開が変わってもおかしくない。
つまり、城に今回のことを伝えるのは悪手……これが一貴族の暴走とかであれば、あえて公表して事件を未然に防ぐというやり方もあるわけだが――
「一つ質問が」
俺は手を挙げ、エメナへ尋ねる。
「その一件を公表していないということは、何かしら思うところがある……ってことで、いい?」
「はい」
「例えば、城の騎士とか、あるいは貴族とか……その辺りが策謀を巡らせているということであれば、証拠がなくとも捨て置くことはできないとして、調べ始めるはずだ。騎士として功績のあるあなたには、それだけの発言力が存在している。それは間違いなく、牽制効果になる……けれど王女はそれをしていない」
「はい」
「……首謀者は、あなたの証言をもみ消せるだけの権力を持っている相手、って認識でいい?」
沈黙があった。さすがに答えにくい質問みたいだが……エメナはやがて、頷いた。
大臣か、それとも王族か……さすがに王子とかが首謀者であるとは考えにくいけれど、考慮に入れておく必要はあるだろう。
では、どうすればいいのか……彼女としては攻めてはおろか自分の身を守る手段すら封じられている状況。というより、実際に頼れる存在が敵かもしれないため、王城の中で動こうにも動けないというわけだ。
ここで話をしたのは、何かしら助力が得られるかもしれない……とまでは考えなかったにしても、事態を打開できる一縷の望みを抱いたのかもしれない……本人が自覚していないかもしれないけれど。
ふむ、こういう状況であれば、俺達が提案することは一つだな……なおかつ、俺達の目的にとっても今後に繋がる一手がある。
俺はソフィア達を一瞥。二人が同時に頷いたのを見て、俺は決断。エメナ王女へ向け、口を開いた。




